ドラクエの思い出話、その1

 「ドラゴンクエスト9 星空の守り人」がついに発売されますな。

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 だから、今回は「ドラクエ」の話。まだ「9」をプレーしてないので、ほかの作品の思い出話です。

 私が最初にプレーしたのは、ファミコンの「ドラクエ2」です。

 それ以前から、「ドラゴンクエスト」という面白いゲームがあるらしい、ということは話に聞いていましたが、ファミコン自体を持っていなかったため、どうしようもなかったのですね。

 しかし、ファミコンを購入することになって、さて「1からか2からか?」と考えて、やはりその時点の最新作であるところの「2」を購入することにしたのです。

 まあ、面白かったですねえ!!

 「怒り」が感情移入の一つであるとするならば、あんなに感情移入させられるイベントはなかったでしょう!!

 「サマルトリア王子探し」!!

 「ローレシアの王子」であるところの私「らおう」は、「サマルトリアの王子」に会えと言われ、とりあえず西にある「リリザ」の村に向かいます。そして、北に「サマルトリア」があると知り、北に向かいます。すると東にある「勇者の泉」に先に行ったと言われます。「勇者の泉」にたどり着くと、「お主に会うために、ローレシアに向かったぞよ」と言われます。……この辺りから「今度こそ本当に会えるんだろうな!?」と思いながら、「ローレシア」にたどり着くと、「サマルトリアに帰ったぞ」と言われます……。「この野郎!!」と「サマルトリア」に向かいますが、そう簡単に「サマルトリア」に直行できるわけではありませんので、途中の「リリザ」の村の宿で一休みするわけです。……すると、宿に見知らぬ誰かがいるわけです……。

 「えっ……、ひょっとして、こいつ? こいつがサマルトリアの王子……?」

 と思いつつ、「サマルトリア」に向かいますと、「まだ帰ってきてない」「お兄ちゃん、のんびり屋だから、どこかで寄り道してるかも」と言われます……。

 「やっぱり、あいつか~~~ッ!!」

 と「リリザ」の村に戻り、話しかけると、こっちはもうレベル5だというのにレベル1の「サマルトリアの王子」が「ずいぶん探したんだぜ」とふざけて事をぬかします。

 ドアホ~~~ッ!! 探したのは、こっちじゃ~~~ッ!! そっちから、声掛けろ、アホンダラ~~~ッ!!

 しかも名前が「トンヌラ」だ~~~ッ!?

 力がモリモリ抜けてくわ~~~ッ!!

 (プレーした人は、みんなわかるでしょう)

 「ドラクエ2」から「ドラクエ」にはまった人は、みんなこのイベントにはめられてしまったのではないかと。

 この後、船を手に入れて、「ぎんのかぎ」で扉を開けて、さあ海に旅立とうとしたら、「トンヌラ」が持たせておいた「ぎんのかぎ」を捨ててしまいました。(オレのコマンドミスだとか言うな。ファミコン時代の「ドラクエ」は大事な装備を捨ててしまうことができてしまったのですな)しばらく「ポンヌラ! ポンヌラ!」と呼んでました。「ぎんのかぎ」はどうしたかというと、捨ててしまった「どうぐ」は元の場所で復活してるので、また探しに行きました。

 ちなみに私が主人公に「らおう」とつけた理由は、「北斗の拳」の「ラオウ」からではなく「怪傑ライオン丸」からです。

 「ファンタジー」だから「ライオン丸」とつけたかったのですが、「ドラクエ」はひらがな4文字しか使えません。そこで「ライオン丸」 → 「らいおん」 → 「らいまる」 → 「らあまる」 → 「らいおう」 → 「らおう」と決めました。

 以来、私の歴代勇者は常にひらがなで「らおう」です。今回の「9」も「らおう」でプレーします。

 だから、主人公の子供が勇者である「ドラクエ5」のときは困りました。「う~ん……」と悩んだ末「らおうに」と「あっしゃ」とつけました。

 「あっしゃ」は女勇者用の名前です。多分、カーソルを「あ」から動かせず、「ああああ」とつけるほど芸がないわけではなかったので、「アッシャー家の惨劇」から「あっしゃ」とつけたのでしょう。今考えてみると、最初のプレーのとき、「ししまる」(獅子丸)とつけとけば「さおり」(沙織)「こすけ」(小助)と悩まなかったでしょうね。(「怪傑ライオン丸」の登場人物の名前です)

 後で「王者の剣」に「白い天馬」が出てくるとは思いませんでした。

 (白い天馬に跨って、王者の剣を振りかざせ~♪ は「怪傑ライオン丸」OP三番の歌詞です)

 「ドラクエ」の思い出は、まだありますので、続くことにします。

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「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」後篇

 恐竜ファンであるスピルバーグとしては、恐竜が銃で撃ち殺される映画なんか撮りたくなかったんだと思いますが、それなら銃を島に持ち込むような内容の映画にしなければよかったのでは?

 そもそも原作である「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」には恐竜ハンターなんか出てこないんですよね。
 なぜ出したんでしょう? やはりアクションシーンがほしいと思ったんでしょうか?

 原作の「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」も、あんまり面白くないのかもしれません。サイトBに生き残っている恐竜たちを観察して、恐竜絶滅の謎を探る、という思索的な内容で、あまりアクションなどないのですから。
 前作「ジュラシック・パーク」ではイアン・マルコムは死んだような描写があるんですよね。(そそっかしい記者が死んだと報道した、とか言う記述があって原作を読んだ時、苦笑しました)そして、ラストには恐竜が島の外に逃げ出しているような描写があるんです。だからマイケル・クライトンは当初、別の内容で「ジュラシック・パーク」の続編の構想を立てていたのかもしれません。そちらがうまくいかなくなって、現在の「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」の内容になったのかもしれません。

 そのつまらない原作に、華を添えようとアクション要素である銃を持ち込んだ。しかし、その銃で恐竜が撃ち殺される場面など、恐竜好きのスピルバーグには撮れない……。これでは、どうにもキチンとした作品などできそうにもないです。

 そのせいか第18回ゴールデンラズベリー賞において「最低続編賞」「最低脚本賞」「最低人命軽視と公共物破壊しまくり作品賞」の3部門にノミネートされたそうです。(受賞はしませんでしたが)

 しかし、これらは全て脚本を書いたデビット・コープに責任があります。

 内容に戻ると、恐竜に追いかけられ逃げ回る一同。
 
 ケリーの蹴りでラプトルとの追いかけっこにケリがつくとは、さすがに日本通のスピルバーグ。

 最後はヘリに乗り込み、「えっ、もう終り?」と思いましたが、やはりそれではつまらないと思ったか、ティラノサウルスがタンカーに乗せられてる場面を見て、「ああ、このティラノが上陸して暴れだすわけね」と先の展開の予想がついてホッとしました。(ホッとしちゃいかんか)

 タンカーが無線に答えず、港に突っ込んでくるのですが、このとき、タンカーで何が起こったか分からないのは登場人物以外にいないのではないでしょうか? 登場人物が全員馬鹿に見えます。

 さほど悪人とは思えないインジェンの社長が、ティラノサウルスにとどめを刺されるべく、ノコノコ坂を下りてく姿は、哀れなことこの上ないです。社長が殺されるなら、全く好感持てない自然保護団体「地球救済会」のメンバーを殺してほしかった(笑)。今までいろんな映画に自然保護主義者が出てきましたが、こんな好感持てない自然保護主義者を見たのは初めてです。「誰に助けてもらった?」と言われて相手に食ってかかるのですが、社交辞令のサンキューすら言えないか? 他にも反省せず、迷惑かけまくるんですから。(今ならシーシェパードか? ああ、あいつらクジラ以外、どうでも良いのか)

 まるでドリフの探検隊コントみたいな内容でしたね。全編「志村~、後ろ! 後ろ!」って。キャンプ中にティラノに忍び寄られて驚く男の演技は、突然現れたいかりや長介に驚く加藤茶のようだったし。

 最後は、「何人死んだかわかっているのか?」と言いたくなるインジェン会長の「恐竜たちは幸せに生き続けるのです}というふざけた演説で終わります。

 それで、スピルバーグが「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」をクソ映画と考えてるフシなんですが、デビット・コープが恐竜に食われる役として出演しているのですよ。やっぱりスピルバーグは、デビット・コープに腹を立ててたのではないでしょうか? 「俺にこんな映画を撮らせやがって……!」と。(まあ、DVDではにこやかに答えてますが)

 また、ラストでプテラノドンが羽ばたきながら木に止まるのですね。恐竜ファンだというスピルバーグが、現在ではプテラノドンが、羽ばたいて木に止まったりしなかったと考えられていることを知らないとは思えないんですよね。ということは、ワザと入れたということです。わざわざ、作品内容を貶めるようなシーンを入れたということは、もはや評価など、どうでもよいと考えてたのではないかと。

 そして、三作目を撮らず、人に任せたということ。(三作目の監督はジョー・ジョンストン)これが「もう「ジュラシック・パーク」には関わりたくない」というアピールだったのではないかと。

 その割には、その後もスピルバーグはデビッド・コープと仕事をしてたりするんですよね。
 (「宇宙戦争」や「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」とか)

 その理由がわからん。

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「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」前篇

 今回のクソ映画は「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」

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 スピルバーグの映画をクソとは良い度胸だと思うでしょうが、ヒッチコックにだって駄作はあるわけですから、スピルバーグだってねえ……。それに、スピルバーグだって、これが駄作だと考えているフシもあります。それは後回しにして、なぜ駄作かを説明しましょう。

 まず、人物設定がダメです。最近はそうでもないようですが、一時期のスピルバーグは「子供っぽい大人」しか主役にできなかったらしく、ほとんどが「子供っぽい大人」でした。インディ・ジョーンズも大学での講義はオタオタしてるのに、一たび冒険に出ると「俺の居場所はここだ!!」と言わんばかりに大活躍です。(「フック」なんか、まんま「大人になったピーター・パン」だもんね)

 だから、前作「ジュラシック・パーク」の主人公、アラン・グラント博士も「子供っぽい大人」でした。シートベルトがうまくつけられなくて、強引に縛り付けたり、まとわりつく子供がうっとうしくて逃げ回ったりする姿を女性学者、サトラー博士に微笑ましく見られたりしてました。

 そのグラント博士のライバルとして前作に登場したのが、本作の主人公、イアン・マルコム博士です。マルコムは、「子供っぽい大人」であるアラン・グラント博士に対し、すでに「成熟した大人」でした。サトラー博士に気さくに話しかけ、たやすく体に触れたりできて、グラント博士は嫌そうに見られたりしています。
 
 ところが、本作のイアン・マルコムは、「子供っぽい大人」になってしまってます。冒頭、恐竜を見たと発言して馬鹿にされているのです。そんなの普通、黙っているでしょう? 子供じゃないんだから。「子供っぽい大人」しか主役にできないスピルバーグの都合で、前作の人物設定がなかったことになっているのです。

 「これは、どうかな?」と思います。「まあ、大目に見ろ」と言われれば、引っ込めないでもないですが、前作「ジュラシック・パーク」の場合、アラン・グラント博士がラストのヘリコプターの中で、子供達とシートで眠りについてる姿を見せ、「彼は成長したんだよ」というメッセージがあるので、「子供っぽい大人」という人物設定に意味があると思うのですが、続編である「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」には、そんなメッセージが何もないのです。「それでは、何のための変更なんだ? ひたすら純粋に監督の都合というわけ?」と唖然となります。

 もちろん、人物設定の変更だけでクソ映画と言っているのではありません。 

 映画の展開も、何かおかしいんです。

 サイトBに恐竜が生き残っているらしく、恐竜事件が起きます。インジェン社のハモンド会長に相談を受けたマルコム博士は、最初は協力を拒むものの、恋人のサラが既にサイトBに行ってしまったことを知り、サイトBに行くことにします。
 そこでズタズタに引き裂かれたサラのリュックを発見します。

 サラを心配するものの、全く無事、元気ハツラツだったサラと再会します。(「クソ映画」に二度目の登場のジュリアン・ムーア)ズタズタのリュックを差し出すと「幸運のリュック」という曖昧な説明でごまかされます。
 (まあ、具体的に何が起こったかなんて、初めから何も考えていないんでしょうがね)

 そこへ、インジェンの社長が恐竜ハンターとともに訪れ、恐竜を捕獲し始めたため、妨害を開始します。

 恐竜の閉じ込められた檻を開けるという頭の悪ずぎる行為のため、恐竜ハンターのテントは大混乱。

 その後、マルコム博士たちの「恐竜探検隊ボーンフリー」のボーンフリー号に似た特殊車両が、ティラノサウルスに崖から落とされそうになり、サラがフロントガラスに叩きつけられ、パリンと割れ、薄氷のごとくパリパリ、ひびが入っていくのです。

 恐竜がいる島へ探検に行くため、特別に作られた特殊車両ですよね?

 防弾ガラスを使ってないのは、なぜ……?

 ちなみに、内容が大幅に違う原作にも似た場面があるのですが、やはり防弾ガラスを使っていて、割れたりしないんですよね……。(この場面でハラハラしてほしいというご都合主義だとは分かっていますが)

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 まあ良いとしましょう。

 マルコム博士達は、恐竜ハンターによって救われます。

 何とか窮地を脱したものの、一難去って、また一難です。

 恐竜を閉じ込めた檻を開けるという頭の悪すぎる行為により、ひどい目にあった恐竜ハンター達はさぞかし怒り心頭……と思いきや、ご都合主義神の奇跡か車は全滅したものの人の被害はゼロだったらしく、マルコム博士と呉越同舟、同行してくれると申し出てくれます。

 地獄に仏とは、まさにこのこと。仏様のような人たちです。

 だから、キャンプ中も休憩中も見張りも立てず、点呼も取らず、次々恐竜に襲われ、

 本当に仏様になってしまいます!!

 これって、どうよ……?

 (長くなったので、二つに分けます)

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「取調室にカツ丼を」その4

 まとめますと、こういうことですね。

 毎回、「お前がやったんだろう!!」なんて取り調べシーンを書いていたら、刑事が悪役になってしまうので、本物の刑事の仕事をよく知らない脚本家が「そうだ、何か食べ物をおごって、情にほだされて自白する、というのはどうだろう……?」なんて脚本を書いたのでしょう。そして、撮影現場の人達も本物の刑事の仕事なんか知らないから、「脚本にこう書いてあるんだから良いんだろう……」と撮影し、テレビで放送されたのです。

 本物の刑事も、忙しいし馬鹿らしいからテレビの刑事ドラマなんか見ないし、見たとしても「ああ、間違ってるな……」と思うだけで、テレビ局にわざわざ電話かけたりしないわけです。(そういう人は本当に暇な人ですから……)

 話自体は10何年も前のことでしょうが、永六輔の本に、こういうことが書かれてました。

 「今の医者は脈なんか見ません。心電図を見ます。その方が正確ですから。この間なんか、心電図が動いてるのに脈とって「ご臨終です」なんて言ってました。ドラマ作ってる人に言っておいてください。暇な医者が見てるぞって」

 わざわざ電話かける刑事や物知りな人がいたとしても、電話を受ける人と、ドラマ作ってる人は別な人間ですので、「ハイ、そうですか。申し訳ありません。ありがとうございます」で終わってしまうわけです。

 それで、テレビに流れた番組を見た人も、本物の刑事の仕事なんかよく知らないし、おちゃらけたシーンではない真面目なシーンだしで、嘘をやってると思わなくて、「ああ、刑事は取り調べのとき、ああやって自白させるんだなあ……」なんて思ってしまったわけです。

 そして、そういうドラマを見た他の脚本家も「あの人がやってるから良いんだろう……」と同じようなシーンを書いたりして、連発したから、「取り調べのとき、刑事はカツ丼をおごる」と定着してしまったわけです。

 しかし、今では真面目な刑事ドラマでは、どんな刑事ドラマでも「カツ丼をおごる刑事」などいないはずです。いつ頃から、いなくなったかというと、多分、昭和52年か53年ごろと思われます。「特捜最前線」の脚本を書いていた長坂秀佳さんが「プロデューサーが東大出身で、取材したいと言うと、いつも用意されてるのは、その道のエキスパートだった」と言っているのです。それで多分ですが、この時、「食べ物をおごる」というのは嘘、というのがわかって、脚本家の間に広まったのではないかと思うのです。

 それで、具体的に、「どの番組の何話で、誰がカツ丼をおごっていた」と正確に記憶してる人はいるのですかね?

 ほとんどの人は、そんな記憶を持ってないのでは(笑)?

 実は……、私は一つ知ってます。

 昭和49年の「スーパーロボット マッハバロン」に、そういう場面があるのです。

 捕まったロボットが刑事の取り調べを受けるんです。その時、刑事が「俺のおごりだ、食え」とカツ丼を差し出すのです。

 するとロボットは……、

 「俺、人間に生まれて刑事さんのカツ丼、食べたかったです」

 と泣き出すのです。

 「カツ丼をおごる刑事」というのは、こういうバリエーションを生み出すほど、一般化されていたのでしょうね。

 しかし、「カツ丼をおごる刑事」というのは「テレビが作った嘘」です。本物の刑事はそんなことはしません。やってたって「やってない」と言い張るはずです。

 それで、テレビの刑事ドラマの取り調べのとき、何で毎回、カツ丼をおごるのかというと、撮影の準備の都合というやつなんです。

 撮影の準備に手間取ると、そばやうどんだと、のびてしまうのです。
 (今、「ああ!!」と言ったでしょう。私もこれを聞いた時は「ああ!!」と声をあげました)

 テレビ創世記のスタッフは、この事実に気づき、試行錯誤を重ねて、「カツ丼が適当」と決まったんだそうです。(天丼だと、ライトの熱でコロモがみるみる変形してしまうんだそうです)

 だから、別の可能性もあります。脚本が先で、そばやうどんで試したら、のびてしまうのでカツ丼に決まったのではなく、ほかのシーンで、例えば、留置場での食事のシーンで本物の刑事の仕事なんか知らないから「多分、店屋物でも取るんだろ……」と現場の人間がカツ丼を出しているのを見て、脚本家が「あのカツ丼を利用して、何か話が作れないか?」と考えたかもしれません。

 つまるところ、「刑事がカツ丼をおごるのはテレビが作った嘘。本物の刑事は、そんなことしないし、やってたって「やってない」と言い張るはず」

 そして、「テレビの刑事ドラマでカツ丼が出てきてた理由は、撮影の準備に手間取るとそばやうどんだと、のびてしまうからです

 どこに分類して良いかわからない話なので、生活情報に分類しました。まあ、トリビアとして、人に話して自慢してください。

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「取調室にカツ丼を」その3

 実際の取り調べの場合、食事をおごって自白をさせる、というより、取り上げて自白をさせるという形になってしまうそうです。自白したら食わせる、という形で。

 「お前がやったんだろう!!」
 「だから、やってないって言ってるでしょう!!」
 「お前につきあってる、こっちも大変なんだぞ!!」
 「だから、やってないって言ってるじゃないですか!!」

 こんな感じで。

 本当は、軽い拷問になってしまうので、こういうやり方もしてはいけないのですが、こうするのが楽なので、どうしてもこういうやり方になってしまうんだそうです。水やお茶なら、無料でもらえますよ。水分まで断ってしまったら、完全に拷問になってしまいますから。

 警察に捕まった人間はみんな刑務所に入る、と思っている人がいるかもしれませんが、実際には留置場、拘置所、刑務所と三つがありまして、裁判で有罪になった人間が入れられるのが刑務所なんです。それ以前の人間は、逮捕から起訴されるまで警察署内の留置場で取り調べを受けます。起訴から裁判までの間は拘置所です。その拘置所に入れられている間、保釈金を払えば、拘置所の外で生活することはできます。誤解しがちですが、罪が許されたわけではありません。裁判になったら、呼び戻されます。裁判で有罪になるまでは「推定無罪」なので、外で生活することが許可されているだけです。裁判で有罪になれば、刑務所に入れられて、いくらお金を払っても、外に出ることなどできません。保釈中に逃亡すれば、保釈金は没収となります。アメリカには、保釈金を貸す会社があって、保釈中に逃亡した人間を捕える「賞金稼ぎ」が現在でも存在するそうです。スティーブ・マックイーン主演で「ハンター」という映画になったりしました。内容は完全にフィクションですが。

 留置場に入れられている場合、食事に簡易式弁当という飢えない程度の食事が支給されます。これがいわゆる「くさい飯」というやつです。留置場での扱いは比較的に自由で、カツ丼が食べたければ、自腹を切って購入することはできます。また、外からの差し入れも届けられます。このあたりは「それでも僕はやってない」の描写が正確でしょう。

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 しかし、刑事のポケットマネーから食事が出るということはありません。

 唐突に思い出しましたが、とある女優さんが、上京したての若い頃、お金がなくて食事が取れない。お腹が空いて仕方がないって時に、お母さんの「困った時はおまわりさんに頼みなさい」という言葉を思い出して、交番に行って事情を話したら、おまわりさんにカツ丼をおごってもらったという話をしてました。こういうのはОKなわけです(笑)。

 それで、「日本の刑事ドラマを四捨五入したら20年くらい見たことがない」と書きましたが、少し嘘がありまして、時々、何かを見ては「まだ、こんなことをやってるのか」とがっかりしてたのです。(「はぐれ刑事純情派」を一度も見たことがないのは本当ですが)しかし「踊る大捜査線」の映画を見るために、慌ててビデオで全話見ました。(「古畑任三郎」は刑事ドラマに数えません)

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 「踊る大捜査線」第一話のアバンタイトルで青島が取り調べの最中、「カツ丼食べるか?」と言っているのです。実は取り調べの練習で「刑事ドラマの見すぎだ……」というオチがつくのですが、これは構わないのです。理由は二つあります。次の三つの内、どれだと思います?

 1「おごるとは言ってないから」
 2「コメディタッチの刑事ドラマというスタンスだから」
 3「練習風景だから」

 答えは1と2です。おごるとは言っていません、聞いただけですから、「食べたい」と答えたら、お金を受取って食べさせてやればよいのです。「練習風景だから」といっても、「コメディタッチの刑事ドラマというスタンス」でなかったら、「警察学校で何を学んできた!!」と大説教を受けたあげく、刑事になれないというオチまでついていたかもしれません。「コメディタッチの刑事ドラマというスタンス」だったから、ちょっと怒られるだけで終了というわけです。

 つまり、「踊る大捜査線」はコメディタッチだが完全な嘘ではない、ギリギリセーフ、というわけです。
 しかし、

 「俺のおごりだ、食え……」
 「ううっ、刑事さん! おれがやりました!」
 「わかった、わかった、全てを吐いて早く楽になれ」
 「ハイ!」

 とやっていた昔の刑事ドラマは、感動的でシリアスなのかもしれないけど完全な嘘、というわけです。

 「踊る大捜査線」を見たとき、「ああ、日本の刑事ドラマも少しは進歩したな」と思いました。

 (次回、まとめに入ります。すこし長くなるようなので、二つに分けることにしました)

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「取調室にカツ丼を」その2

 まさか、こんな文章を書いている最中に冤罪事件が発覚するとは思わなかった。この文章は基本的に、刑事、検察官、裁判官 = 性善説に基づいて書いていますから、現実と違うとツッコんで来ないでください。

 それで、○○さんの話はどういうことかというと、簡単です。

 これは何年も前に書いた文章に加筆したものです。その時、「贈収賄になるので、おごったりしないと聞きました。しかし、小学校6年生の男の子に財布を盗まれたとき、刑事さんにコーヒーをおごってもらった」という人がいたのです。

 「被害者」だからです。

 これが殺人事件の「被疑者」と目星をつけられ、取り調べを受けてるとなると、待遇が変わってしまうわけです。
 だから、例えば、被害者兼犯人なんて事件がありますよね。夫と妻が強盗に襲われて、夫が死んだ。実は夫の保険金目当ての妻の犯行なんて事件が。その場合、最初は警察も知らないわけだから、妻に対して親切だったりするわけです。「大変でしたねえ」なんてコーヒーおごったりしても仕方ないんです。しかし、捜査が進んで、「どうも妻の証言がおかしい、妻が犯人なんじゃないか?」となってくれば、警察の態度も変わってくるわけです。

 それで、○○さんの話を読むと、

 「近所で覗き事件があり、知人が警察に長時間協力したが、何ももらえなかった」という人がいたのです。

 裁判のとき、「事件当夜、何が起こっていたか?」を説明するための書類を作っているのです。
 被告側の弁護士に「担当捜査官の利益による誘導があったと思われます」なんて言われたら、たまったもんじゃないので、何ももらえないわけです。

 ただし、警察の捜査に長時間協力した場合はもらえます。
 
 「あれ? それじゃもらえるんじゃないの?」と思った人は、よく文章を読むように。

 ○○さんの知人は、捜査に協力してるのではなく、「裁判に使う書類の作成」に協力してるのです。

 わかりましたね? 何ももらえないわけです。

 ただし、裁判に証人として出廷すれば、もらえます。

 ややこしくなったので整理すると、こうです。

 捜査に協力したが短時間     = もらえる
 捜査に長時間協力した      = もらえない
 裁判に使う書類の作成に協力した = もらえない
 裁判に証人として出廷した    = もらえる

 「もらえる、もらえない」と書きましたが、「報酬」ではありません。あくまで「日当」です。だから、役に立たなくてももらえます。逆に「役に立ってもらう」目的で金を払えば「買収」になってしまうので、バレたら裁判で不利になるわけです。「バレなきゃ良いのか?」と言われたら、ハイ、バレなきゃかまいません(笑)。法廷では、「実際に起こったこと」と証明できなければ、それは「なかったこと」として扱われます。それに「扱われるべき」なのです。証拠もなしに「殺人を犯した」と認定されるわけにはいかないのです。「証人の買収行為」も、それにあたります。

 「白い巨塔」に財前側の弁護士が証人を買収しようとして、それに腹を立てた証人が患者側につく、という展開がありまして、「裁判のとき、なぜ買収のことを言わなかったんです?」と聞かれた患者側の弁護士が「証拠になるものがあれば良かったのですが、ないので、やった、やらないの水掛け論になるのでやめました」と答えるのです。

 

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 それではクイズです。次の内、日当が出るのはどれでしょう? 答えは出しません。

 A、「現場から逃げた人間? ああ、確かにいたよ。なんか赤い服着た女だったような……。
 B、「刑事さん、このファイルの中に私の見た人はいません」
   「ああ、そうですか。3時間もご苦労様でした」
 C、「まだ終わらないんですか~?」
   「お願いしますよ、相手側の弁護士に突っ込まれると困るんです」
 D、「証人が見たのは、あの人ですか?」
   「ハイ、そうです」
   「質問を終わります」

 実際の取り調べの場合、

 (この話、まだまだ続きます)

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「取調室にカツ丼を」その1

 この文章は、何年も前に某掲示板の「取調室のカツ丼は自腹って本当? 情報求む!」という質問への答えに、大幅な書き足しをした文章です。だから、内容はいくらか古くなっている部分もあります。タイトルは、「アルジャーノンに花束を」をもじってみましたが、失敗してますね。

 まず、何のために自白調書を取るのかというと、裁判のためなんです。

 法廷で被告が「刑事さんにカツ丼をおごってもらったのが嬉しくて、この人に手柄を立てさせてあげようと思って、つい犯行を認めてしまいました。本当はやってないんです」(A)なんて言い出したら、検察側は不利になるんです。
 当然、被告側の弁護士か裁判長が、被告の取り調べを行った刑事を証人として呼び出して証人尋問をするわけです。「あなたが被告にカツ丼をおごったというのは本当ですか?」と。
 ここで、「えっ? 裁判で刑事が証人として証言することなんてあるの? 刑事ドラマで、そんな場面見たことない」なんて人がいるかもしれませんが、実は刑事が裁判で証人として証言するのは、刑事の通常の業務の一つと言って良いくらい頻繁にあることなんです。それをテレビの刑事ドラマでやらない二番目の理由は「裁判で、刑事は脇役になってしまうから」です。一番目の理由は後述します。

 さて、「おごったというのは本当か?」という質問に、本当はおごってるのに「おごってない」なんてウソを答えて、後でそれがばれたら、その刑事は偽証罪とか法廷侮辱罪に問われることになるわけです。

 では、「おごった」と正直に答えたとします。当然、検事が「なんで、そんな取り調べの仕方をしやがった!!」と睨みつける中、質問は続くわけです。「おごった理由はなんですか? 誰でも良いから「自分がやった」と言わせて、自分の手柄にしようと思ったんですか?」と。

 ここで刑事が「ハイ!」と答えたら、法廷の人間は全員ずっこけるでしょうね。そして、物的証拠がゼロなら、そんな自白調書で有罪判決なんて出す裁判官はいないはずです。被告の無罪は確定。後で、この頭がおかしい刑事を被告とした別の裁判が始まるはずです。

 では「いいえ」と答えたとします。当然、「では、どんな理由でおごったんです?」と質問は続くわけです。それで、その理由をどう答えたかで、このパターンはいろいろ変わっていくので、別のパターンを考えてみることにします。

 連日「お前がやったんだろう!?」なんて取り調べを受けて、ヘトヘトになっている人に、「俺のおごりだ、食え……」なんてカツ丼をおごって、「どうだ、全ての罪を認めて楽にならんか?」とやったりしたら、中にはやってないのに「やった」なんて言い出しちゃう人がいるかもしれませんよね。その人が裁判のとき、(A)のセリフを言わなかったら、その人、無実の罪で刑務所行きになってしまうんです。

 こんなこと、絶対あってはいけないですよね? つまり、

 「俺のおごりだ、食え……」
 「ううっ、刑事さん! おれがやりました!」
 「わかった、わかった、全てを吐いて早く楽になれ」
 「ハイ!」

 なんてのはテレビが作った嘘。本物の刑事は「そんなことはしないし、やってたって「やってない!」と言い張るはず」。これが正解なんです。

 本物の刑事に「なんで、取り調べのとき、カツ丼をおごるんですか?」と質問したら、多分、こんな答えが返ってくるはずです。

 「何のことですか? 私たちはそんなことはしません」
 「えっ? だって、テレビの刑事ドラマじゃ、やってるじゃないですか」
 「それはテレビの話でしょう? 我々、本物の刑事の仕事と一緒にしないでください」
 「えっ? それじゃなんでテレビじゃ、やってるんです?」
 「知りませんよ、テレビの人に聞いてください。我々は忙しいし馬鹿らしいから、テレビの刑事ドラマなんか見てないんです」

 最後のセリフは本当に言いました。昭和55年か56年頃、久米宏のラジオ番組で「テレビの刑事ドラマ、どこまでウソかホントか」という企画があったのです。そこで、本物の刑事に電話をかけて、「テレビの刑事ドラマを見てますか?」と質問をしたのです。「いいえ、見てません。忙しいし馬鹿らしいから」「あ、やっぱり1時間で事件が解決しちゃうのとか(笑)?」「いや、そんなじゃなく、全部ですよ」と、その人は答えました。

 それで、テレビの刑事番組を作る人に「本物の刑事はカツ丼をおごらないのに、テレビの刑事ドラマでカツ丼をおごるのはどうしてだ?」と聞けば、多分、こんな答えが返ってくるはずです。

 「えっ? ダメなんですか?」
 「ダメって、知らないんですか?」
 「知りませんよ、知ってたらやりません」
 「知らないって、そんなんで良いんですか?」 
 「ふん! 我々は視聴率が取れれば、それで良いんです。大体、あなたたちだってピストル、バンバン撃ちまくる刑事見て「へっ! こんな刑事いるかい!」なんて思いながら、喜んで見ているわけでしょう? ピストル出す刑事は「いない」って思うくせに、カツ丼出す刑事は「いる」って、なんで思うんです?」

 ここまでざっくばらんに言う人も、あまりいないと思いますが、本音はこんな感じでしょう。つまり、「本物の刑事はカツ丼をおごらないのに、テレビの刑事ドラマでカツ丼をおごる」理由は、

 「本物の刑事の仕事なんか、実際はよく知らないから」です。

 そう、「刑事ドラマの中に、裁判で刑事が証人として証言するシーンがない」一番目の理由は、「本物の刑事の仕事なんか、実際はよく知らないから」なんです。

 それで良いのか、と聞かれれば、私はダメだと思いますよ。だから、私は四捨五入すると間違いなく刑事ドラマを20年ぐらい見てません。「はぐれ刑事純情派」なんて一回も見たことがありません。

 なんで、刑事ドラマを見なくなったかというと昔、深夜で「女刑事キャグニー&レイシー」という海外ドラマがあったのです。日本の刑事ドラマと違って、番組開始時に事件が起こって、事件解決とともに番組終了という内容ではなく、番組開始時、二人はすでに数件の事件を抱えていて、その中の一つか二つが解決したりしなかったりして終了という内容に「これが現実だよなあ……」と思うようになり、日本の刑事ドラマが馬鹿らしくなって見なくなったのです。(日本の刑事ドラマのように「番組開始時に事件が起こって、事件解決とともに番組終了という内容」の場合もあります)

 もちろん、きっちり調べて仕事している人間はいますよ。たとえば「特捜最前線」の脚本を書いていた長坂秀佳さんなんか、「刑事ドラマの中に、裁判で刑事が証人として証言するシーンがない」理由は、「裁判で、刑事は脇役になってしまうから」と知ってて、わざとやらないわけです。

 しかし、「西部警察」や「あぶない刑事」の脚本を書いてた柏原寛司のように、「本物の刑事の仕事なんか、実際はよく知らない」まま、いい加減な仕事をしている人間もいるわけです。「西部警察」や「あぶない刑事」のようにボコボコ殴って調書取ったってダメなんです。「殴ったら吐いた」なんて書いてある調書を受け取る検察官なんかいません。書いてなくたって、顔に青アザ作った人間が法廷に出てきて、「刑事に殴られて、仕方なく犯行を認めました」なんて言われたら、お終いです。憲兵の時代じゃないんだから……。

 「西部警察」や「あぶない刑事」は「ダーティ・ハリー」の真似なんです。

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 しかし、「ダーティ・ハリー」の場合は、こうなってるんです。少女を誘拐した凶悪犯「さそり」が、少女の歯を送りつけてきます。ハリーは「もう殺されてるんじゃないですか?」と予想するのですが、上司に「生きてる可能性もある」と言われ、取引に行かされます。「さそり」に暴行を受けるハリーですが、反撃に転じて「さそり」を暴行し、少女の居場所を聞き出します。そこに少女の「遺体」はあったのですが、「拷問で取られた証言は証拠にならない」と「さそり」は釈放されてしまうんです。

 つまり、「殴って調書取ったってダメ」を、ちゃんとやってるんです。

 しかし、それを真似してる「西部警察」や「あぶない刑事」は、「ああ、殴って取り調べしても良いんだ……」と適当に真似してるんです。

 それで……、

 (この文章、まだ続きます……)

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「スーパーロボット大戦Z」プレイ日記、完結編その4

 5月11日
 
   長い戦いも、ついに最後となりました(笑)

  「カオス・レムレース」三機を同時に落とさなければなりません。

  「カオス・レムレース」Aに「グラヴィオン」コンビと「オーガス」コンビ。
  「カオス・レムレース」Bに「マジンガー」に「グレン」に「ゲッター」の「ファイナルダイナミックスぺシャル」チームと「ダイターン」「ザンボット」の「スペースコンビネーション」コンビ。
  「カオス・レムレース」Cには「バルディオス」「ゴッドシグマ」「ウォーカー・ギャリア」「ガンレオン」の4部隊。
   
  戦力が足りなかった時の後詰めに、「ビッグ・オー」「キングゲイナー」「アクエリオン」等を用意しておきます。

  これで、どうにかなるでしょう。

  そして、そうなりました(笑)。

  こうして、MAPクリア。終了です。ああ、長かった。

  これは、「スパロボZ」をプレイして、思いついたことを気ままに書いていくプレイ日記なので、攻略法ではありません。ですから、サラリと流させてもらいます(笑)。

  戦ってる最中、「竜馬」の別世界の人格(?)の話が頻繁に出てきましたね。これって「真ゲッター」が別に出てくるという伏線なんですかね?

  いろいろありましたが、「ゴッドシグマ」チームは「マリン」と「アフロディア」を助けるために未来へ行くようです。

  原作アニメでは、「闘志也」だけが地球とエルダー星の戦争を終わらせるために未来へ行くのですが。私はガキの頃、闘志也の思いに感動できず(笑)「200年前の骨董品(ゴッドシグマのこと)が役に立つのかね?」と冷めた考えを持ってました。まあ、200年後の世界から来たエルダー星軍が負けていること自体がおかしいんですがね。昔のアニメの設定なんか、こんなもんですし、素直に感動すべきだったのかも知れません。(というか感動すべきだろ(笑)。しかし、すでに「機動戦士ガンダム」が出てきて、ロボットアニメに変革が始まっていたのも事実です。「ゴッドシグマ」の設定なり、物語展開は古臭くなって受け入れ難くなっていたのも事実でしょう。「宇宙大帝ゴッドシグマ」は、東映ロボットアニメの終焉が始まったことを感じさせる作品でした。

  さて、引き延ばしに延ばしてきた映画版「宇宙戦士バルディオス」の終りの展開を書く時が来たようです(笑)。
  地球水没の上、放射能に汚染され、もはや地球が未来のS1星になることを避けることができなくなりました。地球へ移住することをあきらめたガットラーは、死んだと思われてましたが生きていたアフロディアに、再び別の星に旅立とうと懇願します。しかし、マリンへの愛との葛藤の末、アフロディアはガットラーを撃ち自殺を図ります。撃たれたガットラーはふらふらとその場を去ります。マリンはアフロディアの亡骸を抱え、パルサバーンで放射能に汚染された地球に戻ります。辿り着いた浜辺は、マリンとアフロディアが最初に合った灯台で見た浜辺に似ています。そして、その浜辺の岸壁には偉大な指導者を讃えるような太古に描かれた壁画があるのですが、その壁画に描かれた人物はガットラーに似ているのです。(当然、再び旅立ったガットラーが辿り着いたのもまた、太古の地球だったことを暗示しているのです。同じ星の上で幾度も、同じ悲劇を繰り返すとは、愚かなり人類!!)

  そして映画は、マリンの死をも暗示して幕を閉じるのです。(記憶で書いているので、間違いもあるかも知れませんが)

  これでヒットすると思ったのかね(笑)?

  すでに書いてはいますが反動が出て「戦国魔神ゴーショーグン」の内容が明るくなりますわな。

  さて「スパロボZ」は行方不明になったメールが戻ってきて終了です。

  このプレイ日記も終了ですわ。今は「バイオ・ハザード5」と「アマガミ」を交互にプレイしてゾンビに噛まれたり、ヒロインに噛まれたりしています。そのプレイ日記は書きません。

  実際、今後は何をネタにしようか困ってます。

  さあ、何をネタにしようかな。

  何はともあれ、「スーパーロボット大戦Z」プレイ日記、完結です。

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「スーパーロボット大戦Z」プレイ日記、完結編その3

 5月9日の続きです。

  後になって思い出したのですが、「暫く」の否定をしたと言って良いのが、アニメではないのですが「おもいっきり探偵団 覇悪怒組」の最終回です。

  ある時は敵、ある時は味方として「覇悪怒組」のメンバーの前に現れていた摩天郎が、ついにその真の目的を明らかにします。
  「大人たちに虐げられる子供達のために、理想の国を作るつもりだった」と語り、そのために協力してくれないかと、覇悪怒組のメンバーに頼むのです。

  覇悪怒組の他のメンバーは協力すると約束するのですが、リーダーの少年だけは断るのです。
  「目的は素晴らしいが、そんなやり方は間違っている」と。

  (再放送やビデオ化のない作品なので、間違っている部分もあるでしょうが、勘弁してください。細かいセリフなど覚えているわけがないのですから(笑))

  これがロボットアニメの「暫く」パターンなら、「なぜわからぬのだ、愚か者ーッ!!」とか言って、巨大メカをくりだしたり、本人が巨大化したりして(笑)、結局は、力で決着をつけようとするのですが、摩天郎は無言のまま、去っていくのです。

  そして、教師を辞め故郷に帰る担任の落合先生との別れの日がきます。

  (落合先生を演じたのは、秋野太作氏。この前に女性教師との別れのシーンがあるのですが、子供番組だからと言って馬鹿にせず、良い芝居、表情をしています)

  落合先生の乗る列車を見送る覇悪怒組のメンバー。

  と、その列車の上にさっそうと現れる摩天郎!

  「さらばだ! 覇悪怒組の諸君!!」

  (摩天郎の声を演じたのも秋野太作氏)

  はたして落合先生は摩天郎だったのか?
  摩天郎は落合先生だったのか?

  詮索は野暮というものでしょう。

  思いついたら、書かずにはいられませんでした(笑)。「おもいっきり探偵団 覇悪怒組」も、機会があったら、もう一度見たいなあ。

  
  さて、「スーパーロボット大戦Z」プレイ日記に戻って……(笑)、「カオス・レムレース」が三機も現れて、厄介この上ないです。

  三機を同時に落とさないと、復活するというのですから。

  下手に攻撃を仕掛けると、撃墜出来ないということになりかねません。

  慎重に部隊を分け、とりあえず三機の「カオス・レムレース」のHPを半分ほど減らすことに専念します。

  その結果、「ハリー」の「ゴールド・スモー」が落とされました(笑)。

 5月10日

  さて「カオス・レムレース」三機の反撃。

  やっぱり強力ですねえ。

  「ストナー」と「Ζガンダム」「ドラン」「マーイ」の「モラーバー」「ガンダムX」が落とされました。

  さあ、次の攻撃で三機の「カオス・レムレース」を落とせなかったら、クリアできません。

  慎重に行くために、ここで途中セーブ。続きは明日に持ち越しです。

  いや、「完結編」だけで、4つになるとは(笑)。

  

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「スーパーロボット大戦Z」プレイ日記、完結編その2

 前回、5月6日分の続きです。

  「新世紀エヴァンゲリオン」で思い出したのですが、桜多吾作版の「グレートマジンガー」には13体の量産グレートマジンガーが科学要塞研究所を襲ってくるという展開があるのですな。そして、ミサトという女性がヤヌス侯爵に腹を裂かれて死ぬのです。

  「シト新生」を見た時、何か関係あるのかと思いました。ないみたいですがね(笑)。だから、書こうか書くまいか迷って、書かない方を選んだのですが、やはり書くことにしました。気がつかなかったと思われるのがシャクだったので(笑)。

 さて、5月7日。

  プレイ出来ず(笑)。

 5月8日

  プレイ出来ず。

 5月9日

  MAP兵器「月光蝶」で一掃してやろうと「ターンA」を前に出しすぎたせいか、攻撃が集中して撃墜されてもーた。

  うーむ、「抗体コーラリアン」の攻撃力を甘く見たか……。そこで部隊を前面に集中。徐々に「レントン」を「司令クラスター」に近づけていく。

  後少しで到達と言うところで、今回のラスボス「ジ・エーデル・ベルメル」が出てくる。

  うーむ、こいつの相手をしなきゃならんのか、と思って「勝利条件」を確認してみると、相変わらず「レントン」が「司令クラスター」に到達することになっているので、到達させることに。

  しかし、それじゃクリアすることにはならないのですな。やはり「ジ・エーデル・ベルメル」の「カオス・レムレース」を撃墜しなければ。

  なんか、しゃべってます。私はどうでもよいので、適当に聞き流していましたが。

  私は見たことがないのですが「歌舞伎」には「暫く」という演目があるそうですな。

  悪人が小難しい理屈をこねて弱いものイジメをしていると、「しばらく! しばらく! しばらく! しばらく! あいや、しばらく~!」とド派手なメイクと格好をした男が入ってきて、「お前はさっき、これこれこうと言っていたが、それは実際にはこれこれこうだ!」と悪人の理屈を論破し、大立ち回りの末、悪人をやっつけて去っていく、という演目です。

  もう、わかったと思いますが、ロボットアニメのパターンですな(笑)。ロボットアニメのパターンが歌舞伎にはすでにあるわけで、歌舞伎とは偉大ですな。私は、これを知って以来、このパターンを「暫く」と呼んでいます。そのものなので、こう呼んで間違いはないでしょう。
  しゃべるか、戦うかどちらかにすれば良いのですがね。論破したなら話は終わり、戦う必要はないはずです。戦って倒してしまうなら、論破する必要はありません。殺しちゃうんですからね。だから、私は「暫く」パターンの戦う前の話は適当に聞き流すことにしてます。「ガンダム」なんか戦いながら話してます(笑)。「戦うかしゃべるか、どちらかに集中すれば、どちらかに勝てるんじゃないか?」と思って見てますがね。

  ただ富野監督に言わせれば、戦いながらしゃべっているのはセル画枚数を減らすテクニックの一つだそうですが。
  そして富野監督は戦いながらしゃべることの本質的な無意味さを知っているのかもしれません。

  小説版「機動戦士ガンダム3」では、戦いながらしゃべる悲劇が起きます。アムロとシャアはニュータイプの交信で互いに会話をしながら戦っているのですな。そして、分かり合えたのに、ガンダムを撃墜してしまうのです……。分かり合えたのに……。

 

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  意図的にか無意識かはわかりませんが、「暫く」パターンの変形を用いているのが「無敵超人ザンボット3」の最終回です。
  勝平はキラー・ザ・ブッチャーやコンピューター・ドール八号に聞かれます。「お前たちはなんのために戦った? あの星にお前たちに感謝してくれる人がいるのか?」。それに対して、勝平は答えられない。「そんな、みんな良い人ばかりだ!」と言っても「互いにウソをつき、ののしり合い、殺し合う生物など良い生物とは言えん!!」と虚しく言い返されてしまいます。これが「暫く」パターンなら、勝平は「違う! ○○だ!」と相手を論破した後、倒すのですがね。(「スパロボZ」では、こうなってましたな(笑))

  原作アニメでは、相手を論破できないまま、決着がついてしまいます。そして、勝平を乗せたザンボエースを乗せたままバンドックは地球の大気圏に突入してしまいます。勝平を救うため、兄の一太郎や叔父たちの乗るビアル1世は、「勝平! お前だけでも脱出しろ!」とバンドックの下に入り込み減速させます。こうして、勝平はひとり生き残ったものの、心が晴れるわけではありません。

  キラー・ザ・ブッチャーやコンピューター・ドール八号の言葉が心に突き刺さったままです。恵子や宇宙太、兄や父、叔父たちを失って得た勝利に意味があったのか? 「俺達、無駄なことなんかしなかったよな……、恵子、宇宙太……、父ちゃん、俺、怖いよ……」

  しかし、そこへ勝平の勝利を感謝する人たちが……。
  顔を上げる勝平……。

  もはや言葉はいりません、この時、勝平はキラー・ザ・ブッチャーやコンピューター・ドール八号に勝ったのです。

  輝け、僕らの星よ、永遠に輝け……。

  まあ、私はゲームやアニメの「暫く」パターンの戦う前の話は適当に聞き流すことにしてます。どうせ戦って倒すだけの話ですから。

  ついでに言うと、歌舞伎には「戻り」というパターンもあるそうですな。

  「今まで、これこれこうだったんだが、実は、あれはこれこれこうだったんだ!」
  「なんや、本当はお前は良い奴やってんなあ~!!」

  という「死ぬ直前に良い奴になる」というパターンを「戻り」と言うのだそうです。

  「北斗の拳」なんか、そんなパターンばかりです。

 

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  歌舞伎ってのは、とにかく偉大ですな。

  長くなったので、また続きます(笑)。

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