ドラクエの思い出話、その4
さて「ドラクエ5」の話の続きです。
「ドラクエ5」と言えば、「嫁さん選び」がありますね。
「ドラクエ5」が作られる前のインタビューで、堀井雄二さんは「プレイヤーを本気で悩ませたい」という発言をしてました。
それが見事に成功してますね。ビアンカかフローラか、みんな悩んだことでしょう。私も悩んで、「やっぱり初プレー的には、こっちだろう」とビアンカを選んだのが、悔やまれて、悔やまれて……。もっと真剣にゲームの主人公になりきって選んだ方が良かったかな……?
ビッグコミックスピリッツの連載漫画「気まぐれコンセプト」に「ビアンカにあんなこと言われたら、男の八割はビアンカを選ぶ」と書いてあって、すごい納得しました。
一方で、「フォーチュン・クエスト」の作者、深沢美潮さんはフローラを選んだそうです。理由は……、「フォーチュン・クエスト」のどれかのあとがきに書かれていましたが……(笑)、「ふーん、そういう考え方もあるか」と思いました。
さてさて「ドラクエ6」です。
これには一番泣かされたエピソードがありまして、「空飛ぶベッド」のエピソードが「ドラクエ」中一番泣かされたエピソードですわ。
最初は下の世界で、墓の前に犬がいて、話しかけると「くーん……」と答えるんですね。この時点でもう、こみあげるものが来る来る(笑)。
上の世界に行くと、墓の前に人がいて、話しかけると「私には主人(友達?)がいたのですが、先に死んでしまったのです」と答えるのです。
これだけで、また泣ける(笑)。
そのあと、「空飛ぶベッド」を入手すると、少年が現れて「ぼくはもう使わないから、お兄さんたち使っていいよ」というのです。
うおーん(←泣き声)
後で、記憶をなくした旅芸人パノンと出会います。また、これも泣けます。
ちなみにテリーが棺桶引きずって歩いているのは「続 荒野の用心棒」からのイタダキです。
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だから、なんだと言われても困るのですが、「荒野の用心棒」は黒澤明の「用心棒」を無断で西部劇化した完全な盗作です(笑)。
主演したクリント・イーストウッドは「「用心棒」を見たとき、これを西部劇化すれば良い西部劇になると思ったので、脚本を数ページ読んだだけで、盗作とわかったよ」と言いました。
監督したセルジオ・レオーネは「私はハメットの「血の収穫」を映画化したかったのだが、日本のクロサワが先にやってしまった。だから「荒野の用心棒」を監督したことで、結局、「血の収穫」を映画化したことになるんだ」と言いました。
それで、ダシール・ハメットの「血の収穫」を読むと、確かに「用心棒」の元ネタなんですね。(ネタを借りてはいるものの、内容的には全然別モノ、盗作とは言えません)
「荒野の用心棒」がイタリア製西部劇、マカロニ・ウエスタンを生み出しました。物語的につながりはありませんが「続 荒野の用心棒」がマカロニ・ウエスタンの存在を決定づけることとなりまして、映画の冒頭、棺桶を引きずって現れる主人公ジャンゴの姿は日本で様々なエピゴーネンを生み出しました。私が知ってるだけで「荒野の少年 イサム」「斬り抜ける」「快傑ライオン丸」「ドラクエ6」と。
何が言いたいかというと、日本発祥のものが、巡り巡って、結局、日本に戻ってきたようで面白いな、という話です(笑)。
次、「ドラクエ7」ですね。プレイステーションで発売されました。
これはあんまり印象がないんですね。まあ、結局は楽しんだのですが。最後の○○○○からの手紙は感動しました。
ああ、思い出しました。私は、
羊飼い → バーサーカー → 盗賊 →
と考えなしに転職して、えらく苦労しました。転職は計画的に。これは人生にも通じる教訓ですな。
そして、PS2で発売された「8」。
2Dから3Dになって、プレーする前は「違和感バリバリだろうな」と思っていたのですが、町の人に話しかけてみると、すぐに「ああ、「ドラクエ」だ」と感じました。具体的に、どの場面で感じたか忘れてしまったのが残念です(笑)。
あと、これって裏エンディングというのがあるらしいですね。まだプレーしてないのですが。
「ドラクエ」に対する批判に「選ばれた勇者が主役より、普通の人が主役の方が良い」とか言うものがあります。(具体的にどういう批判か、よく覚えてないのですが……)しかし、堀井雄二さんがインタビューで、こういう発言をしています。「よくヌード雑誌に「普通のコが脱いだ!」なんて記事があるけど、普通のコなんていない。ヌードになるなら、それは特別なコなんだよ」(←記憶なので、正確ではないですがね)
「ドラクエ」の魅力の一つに、町の人の話が面白い、というのがあります。町の人、ひとりひとりの話が面白いんですね。だから、次の町にいくのが楽しみになります。次の町には、どんな人がいるのだろうと。それは上のような堀井雄二さんの考え方に根ざしているのでしょう。要するに「普通の人なんかいない。みんな何かに選ばれた特別の人なのだ」という考え方を持っているのでしょう。そのため、町の人、ひとりひとりの話が豊かになるのです。同じことを話していても、みんな何かに選ばれた特別の人なので、その人の考えが透けて見えるような返事が生まれてくるんでしょうね。
「選ばれた勇者が主役より、普通の人が主役の方が良い」という批判自体が間違っています。
堀井雄二さんの人間観では、「普通の人」なんてものがそもそもいません。「みんな何かに選ばれた特別の人」なのです。
さてさて、現在プレー中の「9」の感想ですが、それは一回でもクリアした後にしましょう。
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