クソ映画

「ゼイラム」後篇

 さて、今回は「ゼイラム」の後篇。というか雨宮慶太作品全般に対して扱います。

 しかし、予定外が。レンタルビデオ店で参考のためにDVDを見ようとしたら、どこにも置いてないのですな。まさかねえ……。

 仕方ないので記憶で書きます。

 「ゼイラム」についてなんですが、特におかしな点はないのです。おかしな点は、つまらない、という点しかありません。

 
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 話は簡単です。異星人の賞金稼ぎイリアは、逃走した太古の生物兵器ゼイラムを捕獲するため、地球上に制限時間付きの無人密閉空間「ゾーン」を作る。ところが些細な偶然から、二人の地球人がそこに入り込んでしまう。ゾーンは制限時間を迎えると、空間の中身ごと消滅する。足手まといの彼らを守りながらイリアは、ゼイラムを捕獲できるのか? ゾーンから脱出は成功するのか? という話です。

 話が簡単なため、おかしな点が現れなかったのでしょう。この簡単な話を面白く見せる方法は、テンポよくリズムよく話を進めていけばよいわけです。

 ところが肝心のテンポとリズムがないため、ちっとも面白くないのですな。これなら、戦隊シリーズの一話か二話見てた方がマシです。そりゃ、まあ、独特の美術には魅力がありますが、それなら本編を撮らず、美術だけ担当してれば、と思いました。

 話が多少複雑になった「ゼイラム2」だと、おかしな点を指摘しやすくなります。

 
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 賞金稼ぎイリアは、仲間の裏切りで賞金稼ぎの群れに囲まれます。そこへ戦闘ロボットが現れ、賞金稼ぎを全員殺します。そのロボットには制御ユニットとして、生体兵器「ゼイラム」の別個体が内蔵されていたのです。

 ロボットの行為に腹を立てたイリアは、ロボットをぶん殴り、暴走させてしまうのです……。

 あの~、イリアは超A級賞金稼ぎという設定なんですが……。このマヌケな行為によってピンチになるイリアを超A級賞金稼ぎと言われても信用できません。超B級とでもしとけば良いのに。それなら、やることが荒っぽく目的が達成できても、A級と認められず超B級扱いを受けると納得できるのに……。

 その後も、一度倒した「ゼイラム」にとどめを刺さず放置して、復活されてしまいます……。

 

だ~か~ら~、このマヌケを超A級賞金稼ぎと信じろなんてのは、ムリなんですってば~!!

 超B級にしとけよ、と思いました。

 そして、ラスト、イリアが自分の手元に飛んできた弾丸をキャッチして銃に装填して、ゼイラムにとどめを刺すシーンも編集のテンポの悪さに閉口しました。

 「ああ、これが雨宮慶太でなく、普通の監督なら、普通にポン、ポン、ポン、と格好良く決まるんだけどなあ……、あれ……? ……ひょっとして、ほかの監督が普通にやってることって、ひょっとして、本当は凄い能力が必要なことなのか……!?」と、それまでの考えを改めさせられたので、少しは感謝してます。

 イリアを演じている森山祐子が美人さんなので、まあ、見ても損はないと思いますが、面白いとは全然思えません。他の雨宮慶太作品も全部見ました。「仮面ライダーZО」「仮面ライダーJ」「人造人間ハカイダー」「タオの月」「鉄甲機ミカヅキ」「我狼」などを見ましたが、面白いものはありませんでした。(「我狼」は少し、面白かったかな……)他にも、少しは面白いものもなくはなかったのですが、それは全て他の人の手柄で雨宮慶太氏の力と言えるものはなかったような……。「人造人間ハカイダー」で並走するバイクのブレーキを勝手にかけて転ばせるシーンがあって、「ああ、ここはカッコイイなあ」と感心したのですが、これも雨宮慶太ではなく人のアイディアだったのでガッカリしました。

 雨宮慶太ファンはいまだに「日本のスピルバーグ」という虚名にとらわれているんじゃないでしょうか?

 もし雨宮慶太に才能なり能力があれば、とっくにハリウッドに招かれ、「日本のスピルバーグ」ではなく「世界の雨宮慶太」になってると思うんですが……。

 特撮専門誌「宇宙船」にも「雨宮慶太作品って面白いか」という疑問が掲載されたこともありました。

 しかし、それは一回だけのことに終わりましたが……。

 「宇宙船」が雨宮慶太を特別扱いする理由が謎でしたが、ウイッキの記述を見てわかりました。

 雨宮慶太は「宇宙船」の編集長が、東映のプロデューサーに紹介したそうです。

 

……、そりゃ今更、バッシングはできねーわな……。

 (他の作品についても扱いたかったのですが、DVDがレンタルできない状況ではやはりムリです)

 

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「ゼイラム」前篇

 今回のクソ映画は「ゼイラム」。まあ、雨宮慶太の映画は、はっきり言って全部つまらないので、「ゼイラム」だけがクソというわけではなくて、他の映画の方がつまらない部分の指摘がしやすいのですが、「ゼイラム」で語っていこうと思います。

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 私が雨宮慶太の名前を初めて知ったのは「タモリ倶楽部」でのことでした。
 なんか、オタクっぽい人が評論家(?)のように紹介されて、雨宮慶太の作品「未来忍者」を見せて「日本のスピルバーグ!!」と満面の笑みを浮かべ、絶賛してました。

 私はそれを見て「ハア……?」となりました。

 まあ、確かに「日本のスピルバーグ」と言えば、言えなくもありませんでした……。

 なぜなら、そこに映されていた映像は「スターウォーズ 帝国の逆襲」のパクリとしか言えないものだったのです。(言葉が悪ければ、真似と言い換えて良いです)
 そして、その映像に用いられている特撮のレベルは明らかに戦隊シリーズの第一話か二話レベルのものだったのです。

 ここで勘違いしてほしくないのですが、「戦隊シリーズの第一話か二話レベル」のものだから、「レベルが低い」と言っているのではないのです。

 私は「レベルが高くて当然」と言いたいのです。

 よく言われることですが、週に一本放送される戦隊シリーズの特撮を、ハリウッドのSFX映画と比較して「日本はこんなことやってちゃダメだ」なんて言う人がいますが、それはもう本当に馬鹿の言うセリフです。

 週に一本放送される戦隊シリーズの特撮を、2~3年かけて作るハリウッドのSFX映画の比較すること自体が間違っているのです。

 (勘の良い人なら、これで分かってくれるのですが、馬鹿だとまだ説明しなきゃならない……)

 ハリウッドでも、2~3年かけなければハリウッド製のSFX映画は作れないのです。だから、「スターウォーズ」のようなSFX映画は大ヒットするんです。アメリカ人が日常的にテレビで「スターウォーズ」レベルの特撮を見てたら、わざわざ2~3年待って映画館に足を運んで、金を払ったりしません。テレビで見ればよいんだから。アメリカ人も日本人と同じように2~3年待って映画館に足を運ばなければ、「スターウォーズ」レベルの特撮を見ることは出来ないんです。アメリカ人も日本人と同じように、テレビでは週に一本放送される戦隊シリーズレベルの特撮を見ているんです。だから、わざわざ2~3年待って映画館に足を運んで、金を払ったりするんです。

 「パワーレンジャー」が世界的に大ヒットしたのも、それが理由です。テレビで週に一本放送されるレベルの特撮に十分達しているからなんです。

 
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 テレビで放送される「スター・トレック」シリーズの特撮と比較してみればわかります。案外大したことはやってませんから。

 
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 だから、週に一本放送される戦隊シリーズの特撮を、ハリウッドのSFX映画と比較して「日本はこんなことやってちゃダメだ」なんて言う人がいますが、それはもう本当に「そういう理屈がわかりません」と言っている馬鹿の言うセリフなんです。

 それで「未来忍者」に話は戻りますが、私の感想は「金と時間さえかければ、このレベルなら誰でも作れるじゃないか。こんな程度で「日本のスピルバーグ」なのか……?」でした。

 戦隊シリーズの第一話、二話レベルの特撮は、時間も予算も余裕があり、バンクシーンとして用いなければならないので、レベルが高いのです。

 だから、このレベルのものを絶賛していることに疑問を感じました。

 まあ、一場面しか見てないで、判断するのは危険なわけですが、そこで新作「ゼイラム」を見ることにしたのです。

 (つづく)

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「ゴジラ」84年度版、その6

 「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」の続きです。

 もう書くこともあまりないんですけどね。

 書くのを避けていたわけではないのですが、意味不明のゲスト、武田鉄矢の存在がありますね。
 なんで、出したのでしょうね? まあ、これだけ、おかしなシーンがいっぱいあれば、出たからどうということはないのですがね。

 スーパーXを倒して、暴れまわる(?)ゴジラの足元を逃げ回る牧と奥村尚子。
 こういうシーンは「ゴジラ映画」で初めてではないでしょうか?
 他の映画では、都市を破壊する怪獣を遠くから見ているというシーンばかりです。
 ですが、初のシーンだからって、ほめるわけではないのです。
 あれは東京大空襲などの戦争の記憶が作ったシーンで、「あんなことがあったら、足もとにいる人間は生き残れるわけがねーよ」って、現実感から来たシーンなんだから。
 多分、これは「地震列島」(1980年)とかから来ているんでしょうねえ。

 ピンチの瞬間、林田博士のテープが三原山に届き、テープによってゴジラは方向転換。
 三原山に向かいます。

 本当に淡々としたシーンで「大怪獣ガメラ」(1965年)のZ計画でも誘導作戦で雨が振り、火が消えるという一応のサスペンスがあるのになあ、と不満に思いました。

 
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 それで、もう書いてますが、当時、「キネマ旬報」に「新ゴジラ」の脚本が掲載されまして、ラストの展開が隠されていたのです。隠された部分に何か意外な展開が隠されていて、映画を見ればわかるのかと思っていたのですが、意外な展開は何一つ起きないのです。「なんのために隠したんだ?」と、そのことに驚きました。

 そして、ゴジラは三原山の噴火口に都合よく落下。

 爆破レバーを主要キャラが引いてますが、なんか一定の役目を終えたゴジラが自分で落ちていくように見えます。無味乾燥な話の無味乾燥な終わり方です。

 それで、首相役の小林桂樹が三原山火口に落下していくゴジラを見ながら涙を流すシーンがあります。

 この部分、「なんで泣いたんだ?」と議論が巻き起こったらしいんですが……、そんなことに意味があるんでしょうか?

 

はっきり言いますが、こんな涙、何の意味もないんです。

 言葉は悪いのですが、「こんなふうにしとけば、観客がなんか同情して涙を流すだろう」って理由で泣いてるんですから。

 意味なんか、ないんです。意味ありげにしておけば、見ている人が「何か意味がある」と考えて、そうしてあるだけなんです。

 こういう話はいっぱいありますよ。「徒然草」にもこんな話があります。

 
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 有名な僧侶が、とある神社に通りががると、狛犬が後ろを向いてます。「おお、これはありがたい。何か意味があるのに違いない。理由を聞いてきなさい」と拝んでいると、弟子に連れられて出てきた神主は、「ああ、どこかのガキがいたずらしてきやがった」と言って、狛犬を元に戻して引っ込んでいった、とか。

 ヨーロッパにも、こういう話があります。農夫が牛の乳しぼりをしているところに通りがかった学者が時間を聞くと、農夫は牛の乳房を持ち上げ、「今、何時だ」と答えます。帰りに同じ場所で乳しぼりをしている農夫に時間を聞くと、また牛の乳房を持ち上げ「今、何時だ」と答えます。次の日、学者は大勢の学者を連れてきました。同じ場所で乳しぼりをしている農夫に時間を聞くと、また牛の乳房を持ち上げ「今、何時だ」と答えます。時計を見て、その正確さに感心した声をあげた学者たちは、牛の乳房の重さと時間の関係を農夫に聞きます。農夫は答えます。「こいつを持ち上げると、むこうにある時計台の時計がよく見えるのさ」

 

意味ありげなこと、すべてに意味があるわけではないんです。

 首相が涙を流すシーンに意味なんかないんです。

 「新ゴジラ」は、こんな感じのダメ映画です。

 脚本の永原秀一さんは、どちらかというと反体制、社会派的脚本を書いていた人なのではないでしょうか? それで政府関係者とか新聞記者に好意的な内容が書けなかったのでは? それなら、そんな人物、主役につけなければ良いのに。

 監督の橋本幸治氏も、イヤになったらしく映画監督を辞めてしまいました。

 3週間で作らなければならなかった「ゴジラ対メガロ」だって、ここまでクソではありません。3週間で作らなければならなかった、というハンデがあるのですから。しかし、世の中、面白いもので、「新ゴジラ」以下のクソ映画が、ゴジラシリーズの中に作られます。

 そのタイトルは「ゴジラ×メガギラス G消滅作戦」「ゴジラ2000」「ゴジラVSスペースゴジラ」。

 「ゴジラ×メガギラス G消滅作戦」については、もう書いてますが、ほかの二つについては、またいつか。

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「ゴジラ」84年度版、その5

 「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」のつづきです。

 「新ゴジラ」が作られるとき、「リアリティ」を重視すると聞いていたのに、ゴジラの真ん前に向けて客を乗せた新幹線が走るのですから、心底呆れました。

 しかも、ゴジラが目を上に向けたまま、持ち上げるのです。目を下に向けるくらいの工夫を思いつきませんか? しかもしかも、新幹線の中には笑顔のかまやつひろしがいるのです!! これがパロディ映画ならともかく、「恐怖のゴジラに立ち返る」とか言ってませんでしたか?

 あとでノベライズ本(講談社X文庫から出てました)で、この部分を読んでみましたが……、どう説明されてたか忘れました(笑)。しかし、当時、「こういうシーンが欲しいという単なるご都合主義で撮ったにすぎないことに、理由をつけさせられる方はたまったもんじゃないよな……」と著者の(確か)飯野文彦氏を気の毒に思いました。(この後、もっとひどいシーンがあります)

 書くのを忘れてましたが、今回のゴジラは上目づかいです。上目づかいの悪役面ゴジラは「モスラ対ゴジラ」などありますが、「新ゴジラ」の上目づかいはうらみがましい目つきです。これは第二次怪獣ブームの「帰って来たウルトラマン」の怪獣デザイナー池谷仙克氏の特徴ですね。池谷仙克氏は「怪獣を単に強くて憎たらしい存在と思ってなかったんですよ。何やら侘しくて、淋し気で、いじめられるという観点から抜けきれなかったんですよ」と語ってます。そのせいで、怪獣の目に瞳を入れなかったり、うらみがましい上目づかいにしたりしたそうです。「新ゴジラ」のうらみがましい目つきは「新ゴジラ」のゴジラは、池谷仙克氏の影響を受けていると思います。なんだか「角の抜けたアーストロン」という感じで、ゴジラらしさがありませんでした。「メカゴジラの逆襲」以降9年間、ゴジラを作らなかったため、ゴジラの作り方を忘れてしまったという感じを受けました。

 さて、ゴジラは新宿副都心に進撃(というほど激しいシーンではなく、ただ歩いて行くのですが……)。自衛隊の新兵器、「スーパーX」と戦いになります。(言いたいことは、山ほどありますが、割愛(笑))
 もう作戦が都合良く、うまくいきます。それで、ゴジラがあっさり倒れます。
 そして、野次馬たちが倒れたゴジラの周りにゾロゾロ集まるのです。私は知らないんですが、夜の新宿副都心って、あんなに人がいるもんなんですかね?

 そしたら、ソ連のミサイルが飛んでくるので、避難しろという命令が来ます。東京湾にあったソ連の船がゴジラのため、ミサイルを誤射してしまうのですが、ゴジラが東京に来た時、避難命令でないのかと言いたいんですが、まあ、この映画はこんなシーンばかりですから……。野次馬たちが避難するシーンがあり、アメリカの迎撃ミサイルがソ連のミサイルを迎撃します。その影響でスーパーXは調子が狂い、ゴジラは復活。ゴジラを取り囲んでいた野次馬たちは悲鳴を上げて逃げ惑います。

 

野次馬たちが避難するシーンがあっただろ!!

 まあ、「こういうシーンが欲しいという単なるご都合主義で撮ったにすぎない」んですけどね。

 この部分もノベライズ本で、どう説明つけられてるか確かめました。忘れましたがね(笑)。「理由をつけさせられる方はたまったもんじゃないよな……」と、飯野文彦氏を気の毒に思いました。

 そして、スーパーXは通常兵器でゴジラと闘います。

 この部分も、これが本多猪四郎監督なら伊福部マーチを高らかに鳴らして、盛り上げるところですが、それもナシ。

 (本多監督の仕事を堪能したい人は、「怪獣大戦争」を)

 
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 話が前後しますが、林田博士や牧、奥村尚子は新宿副都心のビルで、ゴジラを引き寄せるためのテープを作ってます。
 そのため、ゴジラのせいでビルに閉じ込められる、大ピンチ!!

 

なんで、そんなもんを副都心で作ってるんだよ? 三原山で使うものだろ? 三原山で作れよ!! 国家をかけた事業だろ? 設備を移動する予算ぐらい出しなさいよ!!

 まあ、こんな文句言ったって、始まらないですがね……。

 

「こういうシーンが欲しいという単なるご都合主義で撮った」にすぎないんですから。

 この映画、こんなシーンでいっぱい。

 ノベライズ本で、どう説明つけられてるか確かめなきゃいけないシーンがいっぱいあったんだなあ、と今更ながら感じます。

 まだまだあるので、もう一回続けましょう。次回は短いと思います。

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「ゴジラ」84年度版、その4

 「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」

 さて、ゴジラが日本に上陸します。ここが本作のゴジラ初登場シーンになるようです。(写真でなら、すでに出ている……。だから、早く出せと……)。「濃霧で発見が遅れました」なんて「オイオイ」と言いたくなるようなセリフがあって、原子力発電所に近づくゴジラに警備員(石坂浩二)が気がつく、というシーンなんですが、地割れが起きるまで近づいてるのに気がつかないって、そんな馬鹿なと呆れさせるシーンです。ゴジラの足からパンアップしていくシーンなので、ゴジラの巨大さをアピールしたつもりなんでしょうが……。

 そして、林田博士(夏木陽介)はゴジラが渡り鳥の群れに反応したことから、帰巣本能を持っており、それを使ってゴジラを誘導する方法を思いつきます。
 しかし、ゴジラの大きさなら、反応するのは渡り鳥の方なのでは……? (まあ、ご都合主義だけどね)

 この後、アメリカとソ連がゴジラが日本に上陸した際、戦術核を使用させてほしいと申し出てきます……。

 この部分をほめる人間がいるのですが、私には理解できません。いくらアメリカとソ連でも、他国の領土に核を使用させてほしいなどと申し出てくるでしょうか? これが核実験が華やかな(笑)1960年代ならまだしも、もう1980年ですよ? 「そんなことするかよ?」とあきれました。

 しかし、「言ってくるかもしれないじゃないか?」という人もいるかもしれません。

 それなら、こう答えます。

 「それなら、絶対落とす」と。

 「馬鹿って言われたら、イヤでしょう? だから、馬鹿って言っちゃいけないんだ」なんて幼稚園児みたいな論理でやめたりはしません。

 「もしあなた方の国に、アメリカとソ連にゴジラが現れたら、その時あなた方は首都ワシントンやモスクワでためらわず核兵器を使える勇気がありますかと言ったら、両首脳は納得してくたよ」なんてセリフを言って、煙草に火をつけてもらう姿は、一国の首相の姿には見えませんでした。
 まるで、デパートの社長と重役のようです。
 (ま、この後の展開の伏線と考えれば、あっても良いのかもしれません)

 この後、ゴジラが東京湾に現れます。

 自衛隊と大戦闘を繰り広げるわけです。

 ところが、あれだけ会議して、ゴジラ撃滅作戦を練っているはずの自衛隊はアホみたいに沿岸に部隊を並べてるだけなので、ゴジラの火炎に一掃されます。(作ってる方もよ、もう少し考えろよ。これで面白くなると思うのか)

 ついにゴジラが東京に上陸しました。

 すいません、私は嘘をついてました。

 「ゴジラ」84年度版、その2で、「「新ゴジラ」は無味乾燥な話です。怪獣映画は煎じ詰めれば、怪獣が出て、暴れて、倒される、だけの話です。しかし、本当にそれだけではつまらないわけです。ですが、本当にそれだけの退屈な話なのです」と書きましたが、ゴジラが全然暴れません!! 

 

怪獣が出て、暴れず、倒されるだけの無味乾燥な話なんです!!

(DVDのオーディオコメンタリーで中野昭慶監督が、なんか思い入れがあるようなことがあることを言ってますが、本当に独り善がりもいいところです。観客が何を期待してるか考えて映画を作ってほしいですね。こんな作り手の独り善がりが肥大化した結果、邦画がダメになったのだと思ったりもします)

 この後、中野昭慶監督がオーディオコメンタリーで「リアリティー」云々の話をしますが、リアリティーとは程遠い場面があるのです。

 

ゴジラの真正面に向かって人を満載させた新幹線が走ってくるのです!!

 もう一回続くようです。

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「ゴジラ」84年度版、その3

 さて、ついに「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」の内容に入りましょう。

 まず、以前に脚本の永原秀一氏が「ゴジラ」シリーズを見たことがないのではないか、と書きましたが、それは前作に当たる「ゴジラ」から引き継いでる固有名詞が怪獣ゴジラと大戸島以外ないのです。
 そんな続編ありますか? 普通ならゴジラを退治したオキシジェン・デストロイヤーの名前ぐらい出すでしょう? 評判の悪い「ゴジラの逆襲」でもオキシジェン・デストロイヤーの名を出してました。オキシジェン・デストロイヤーの名前も出さず、前作の登場人物の名前すら出てこないのは、やはり見てないからではないでしょうか?

 さて、嵐の海で、漁船が島に引きつけられます。その時、島に噴火のような爆発が起きます。人呼んで「爆発のしょーちゃん」と言われる特技監督、中野昭慶氏によるものですから、爆発は見事です。

 しかし、内容的に言うと、もうこの時点でゴジラを見せても良いんですよね……。ゴジラが何か、もう観客は知っているのですから……。

 漁船は漂っているところを、主人公、牧に発見されます。牧が漁船の中に入ると、中はひっそりとしてます。しかし、人影が……。ですが、それはミイラ化した人間でした。人間をミイラ化した怪物の正体は、ショッキラス。巨大なフナムシでした。

 この部分、ホラーっぽくしてはいますが、いかんせん時間が短い上に、ショッキラスの操演もぎこちない。橋本幸治監督は、ここで観客にショックを与える演出ができれば良かったんですが、しょっぱなから「ああ、この映画はダメだ……」という印象しか与えません。ちなみにフナムシは雑食性で体液など吸いません。沢山のショッキラスが船員の死体を食っていて、襲ってくるとでもしておけば良いのに。しかし、フナムシはジャンプはしませんが。

 牧はショッキラスに襲われますが、生きていた奥村の斧の一撃で救出されます。

 いつも突っ込まれることですが、斧の一撃で倒されるショッキラス一匹に船員たちは全滅してしまったのでしょうか? ま、何も考えていないのでしょうがね。ようするに「説明しなくてもわかる部分を省略した」のではなく、「説明を考えていないから、こんな風にしとけば良いや」と省略してごまかしたんです。省略法ってのは、「説明しなくてわかるだろうから省略する」で使ってほしいです。これで分からなければ観客のせいですが、説明を初めから考えてなくて、「こんな風にごまかせば良いや」の省略法は、明らかに作り手の手抜きです。

 新聞記者である牧は事件を記事にしますが、政府にもみ消されます。政府はゴジラのことを伏せることにしたのです。

 ここで映画の評価を下げる一因、沢口靖子が出てきます。この時、沢口靖子は大根女優、セリフはほとんど棒読み、表情にも変化はなく、当時「サイボット・ゴジラより動かない」と揶揄されました。
 サイボット・ゴジラとはロボット製作会社の「株式会社みずの」に外注制作された全高5メートルほどのロボットです。(歩きはしませんが)金属骨格にラテックス製の外皮がつけられ、「撮影はほとんど、これで行う」と宣伝されたような記憶がありますが、頭が大きく不格好な印象で、当時「ウゲーッ!!」となりました。もちろん、実際の撮影は伝統の着ぐるみ(スーツ)が使われたのですが、唇が動くなどアップシーンでは使われたようです。(基本的にゴジラは爬虫類で、唇は動かないと思いますが)しかし、アップシーンに使うだけなら、全身像を作る必要などないわけで。このサイボット・ゴジラが作られたのは、当時、ジョン・ギラーミンの「キングコング」が製作され、その時、等身大コングを作ったのを真似したと思われます。しかし、ジョン・ギラーミン版の「キングコング」は評判が悪くて、「なぜ、そんな映画の真似をするのか?」と当時は呆れました。

 ただし、サイボット・ゴジラは、その後、イベントなどで長く活躍しましたので、作って良かったのかもしれません。撮影の役には立たなかったのですが、宣伝の役には充分、立ちましたから。

 しかし、ゴジラがソ連の原潜を撃沈して、米ソの緊張が高まります。政府はゴジラを発表することに決定します。

 この辺、なにもかも後手に回る政府の対応を揶揄してるのかと思いきや、そういうわけでもないようなので、「なにやってんだ……!!」とあきれ返るだけです。登場人物が観客に馬鹿だと思われるのは、映画に限らずフィクションでは一番、マズイことです。シリアスな内容なら登場人物の行動で「その手があったか!!」と感心させなければいけません。コメディなら、「あいつら馬鹿でえ!!」と笑えば良いのですが。物語が悲劇の場合、登場人物が行動が、うまい具合に制限されてなければいけません。「こうすりゃ良いじゃないか」と観客が思うのではなく、「ああ、出来ないのか、そうか、出来ないのか」と観客に思わせなければ、悲劇にはなりません。

 その後、政府はゴジラ対策の会議を始めます。

 ……多分、「日本沈没」(1973年)辺りを参考にしてるのでしょうが、この映画、会議ばかりしてます……。
 一般庶民に見せる映画なのですから、一般庶民に視点を置いた方が良いではないでしょうか?
 そして、ゴジラ対策が初めから観客に明かされてしまうのですね。意外な展開が欲しいとは思わないんでしょうか? 当時、「キネマ旬報」に「新ゴジラ」の脚本が掲載されました。そして、ラストの展開が隠されていたのです。私はラストのその部分だけ読んで、全文読んではいませんが。隠された部分に何か意外な展開が隠されていて、映画を見ればわかるのかと思っていたのですが、意外な展開は何一つ起きないのです。「なんのために隠したんだ?」と、そのことに驚きました。

 一方、一般庶民の代表である主人公、牧は何をしてるのかという、尚子(沢口靖子)に奥村が生きてることを告げて、再会させます。
 ……しかし、それは兄の生存を信じる妹の思いをかなえるとか、政府の対応に対する憤りを感じたからとかの正義感からではなく、単にスクープをものにしたかったからでした……。

 あの~、観客に「主人公に共感してほしい」とは思わないのですか……?

 まだ続きます。

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「ゴジラ」84年度版、その2

 「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」の続きです。

 「ゴジラ」シリーズは昭和29年の「ゴジラ」の後、「ゴジラの逆襲」以下「メカゴジラの逆襲」まで、「キングコング対ゴジラ」「モスラ対ゴジラ」 「三大怪獣 地球最大の決戦」「怪獣大戦争」「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」「怪獣総進撃」「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」「ゴジラ対ヘドラ」「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」「ゴジラ対メガロ」「ゴジラ対メカゴジラ」「メカゴジラの逆襲」と、15作作られています。

 しかし、時間軸は作品順と言うわけではないのですね。二作目「ゴジラの逆襲」のラストで、ゴジラは氷の中に閉じ込めるという結末になっています。三作目「キングコング対ゴジラ」では、氷の中から出現していますので、時間軸はつながっています。七作目「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」ではレッチ島からゴジラが脱出するラストになってまして、次の八作目「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」ではゾルゲル島に向かう主人公たちが飛行機の中から、嵐の海を渡るゴジラを目撃するという出現になっています。これはレッチ島から脱出したゴジラと考えることもできるわけで、(違うかもしれませんが)時間的につながっているわけです。
 ですが、六作目「怪獣大戦争」は196X年が舞台で(その後、197X年に変更)、九作目「怪獣総進撃」は1994年が舞台なわけです。ちなみに「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」は夢オチ。シリーズの時間軸とはつながっていないわけです。
 (余談ですが、当時「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」見た、みうらじゅん氏や東野圭吾氏の発言を読むと、それまでの「ゴジラ」シリーズ全てが夢オチと受け取ってしまって、それでゴジラに冷めたという人が多いようです)

 というわけで、作品を時間順に置き換えると、「ゴジラの逆襲」 → 「キングコング対ゴジラ」 → 「モスラ対ゴジラ」 → 「三大怪獣 地球最大の決戦」 → 「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」 → 「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」 → 「ゴジラ対ヘドラ」 → 「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」 → 「ゴジラ対メガロ」 → 「ゴジラ対メカゴジラ」 → 「メカゴジラの逆襲」 → 「怪獣総進撃」、番外編「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」となるわけです。「怪獣大戦争」は、解釈次第で、どこへでも置けるわけですね。

 つまり、「ゴジラの逆襲」からつながる一連の「ゴジラ」シリーズの続編を考えるなら、1994年が舞台の「怪獣総進撃」の続きを考えるべき、なわけです。あるいは1984年にゴジラの続編を考えるなら、当然、「メカゴジラの逆襲」の続きですね。解釈次第で「怪獣大戦争」もありです。
 (余談ですが、私なら「怪獣総進撃」の続きで、怪獣ランドを舞台に、怪獣を操作しようとする敵(テロリストか宇宙人)と主人公が戦う、「ダイ・ハード」のような話を考えます)

 しかし、「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」は、それまでの「ゴジラ」シリーズの流れを全部捨てて、一作目「ゴジラ」から30年後、再びゴジラが現れる、という設定で物語を作ることになりました。子供むけになりすぎたゴジラを、また大人向け、恐怖の対象とすることで。

 さまざまな人が期待を持ちました。前回、紹介した池田憲章、島本和彦、江川達也も、そうです。それだけではなく、ゴジラは映画界が活況だった時の象徴ともいえるわけです。「怪獣総進撃」までは確かにそうでした。その後の作品は、映画界が斜陽になったことを感じさせる作品なわけですが。

 再び、ゴジラによって、映画界に活況が戻るのではないか、と期待を寄せる人が多かったのです。

 しかし、そのゴジラを辛辣に切って捨てた人物が一人いました。

 前にも書いたことがありますがSF作家の星新一氏です。

 一言、こう言ってのけました。

 

「二度目のストリップなんか、早く脱げとしか思わない。ゴジラが出るまで勿体ぶったり、有名な俳優が出るなら私は見ない」

 ……その結果がどうだったか、と言えば、ゴジラが出るまで勿体ぶった挙句、つまらない出し方をして、小林圭樹という有名な俳優が出ていたわけです。

 多分、星新一氏は見なかったのでしょうね。

 それが正解です。

 「新ゴジラ」は無味乾燥な話です。怪獣映画は煎じ詰めれば、怪獣が出て、暴れて、倒される、だけの話です。しかし、本当にそれだけではつまらないわけです。ですが、本当にそれだけの退屈な話なのです。

 「ゴジラの逆襲」はあまり評価が高いわけではありませんが、ゴジラがすぐ出てくるだけでも「新ゴジラ」よりも上と言えるでしょう。

 
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 星新一氏が言うとおり、一回見ているものを改めて見ても、最初の驚きを超えるわけではないのです。「エイリアン2」もエイリアンがすぐ出てきます。「あれ、そうだっけ?」と思った人は忘れてるだけです。

 
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 それだけではなく、「ゴジラの逆襲」では怪獣が二匹、二倍になっている(笑)。
 「スクリーム2」で「二作目では被害者が二倍になる!」という人物が出てきますが、その意味でもパワーアップしている「ゴジラの逆襲」は続編として正しいのです(笑)。

 
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 さて、本篇の内容については次回に。 

 

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「ゴジラ」84年度版、その1

 今回のクソ映画は「ゴジラ」84年度版です。

 
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 本当は、もっと引っ張りたかったネタなんですが、デアゴスティーニの「東宝特撮映画DVDコレクション」の初期ラインナップに用意されているのがわかったので、今回書く気になりました。

 
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 しかし、常々思っていることですが、タイトル変えてくれませんかねえ?

 正式タイトルが昭和29年の「ゴジラ」と全く一緒とはどういうことなんでしょう?

 年代も昭和29年から30年後の59年だから、うっかり読み間違えると区別がつかなくて困ってしまいます。

 西暦でも、正月映画なので、84年から85年にまたがっているので、84年度版と記すべきか85年度版と記すべきか、悩んでしまいます。

 せめて「新ゴジラ」とすればよいのに。

 だから、今回の文章では「ゴジラ」84年度版を「新ゴジラ」と表記します。

 「新ゴジラ」の制作が報道されたとき、期待は全くできない状態でした。何しろ、監督が「さよならジュピター」の橋本幸治氏でしたから。

 「あのクソ映画を撮った監督に、また監督させるかねえ!?」と、当時はあきれ返ったものでした。

 しかし、とある雑誌で池田憲章氏が発言しました。「あれは小松左京さんが、かなり口出ししたそうですよ。今度は単独で監督したから大丈夫でしょう」と。

 そして、島本和彦氏と江川達也氏が対談で発言したのです。「今度はマニアが作るから、面白いよ」と。

 池田憲章、島本和彦、江川達也……、この三人がほめれば失望が期待に変わっても不思議はないでしょう……?

 私は「新ゴジラ」を期待して待つことにしたのです。

 しかし、思えば、この考えには致命的な欠点がありました……。

 この段階では、三人とも出来上がった作品を見ていない、ってことです……。

 今思えば、この三人も、自分に言い聞かせていた部分があったのかもしれません……。

 出来上がった作品はまた……、「さよならジュピター」に匹敵する(?)ひどい出来で。いや、あれほどではないかな……。わかりませんが……。

 これは何に起因するかと言えば脚本の永原秀一氏に起因するのではないかと思います。(もちろん、それだけではないのですが)

 多分、多分、ですが、この永原秀一さん、怪獣映画を見たことがなかったのではないでしょうか?

 「怪獣映画を見たことないけど、怪獣映画ってこんな感じだろう?」と「新ゴジラ」の脚本を書いたのではないでしょうか?

 それで、具体的な内容には後に触れますが、あんな内容になったのではないかと思います。永原秀一氏は60歳くらいで亡くなってしまいインタビューなどが残ってないのでわかりませんが。(私が知らないだけかもしれませんが)

 それなら、一度「ゴジラ」シリーズを全部見てから、書き始めて欲しかったですね。「メカゴジラの逆襲」で脚本デビューした高村由紀子という女性脚本家がいるのですが、この方は「メカゴジラの逆襲」の脚本を書くために、それまで見たことのない「ゴジラ」シリーズを全部見たそうですから。

 
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 そのためか、「メカゴジラの逆襲」は、「ゴジラ」シリーズの核を捕えた映画になりました。

 「メカゴジラの逆襲」は「怪獣がいる世界で、恐竜を発見したと発言した博士が学会を追放されるのはおかしい」と、良く批判されます。しかし、映画を見ればわかることですが、真船博士が学会を追放された理由は「発見した恐竜を、必ずコントロールしてみせる」と発言したことが倫理的に問題視され、追放されることになったのです。

 三島由紀夫が「ゴジラ」を、「「ゴジラ」は凄い、文明批判の見地がある」とほめたそうです。

 「発見した恐竜を、必ずコントロールしてみせる」と発言したことが倫理的に問題視される、これは進みすぎる科学への抵抗感があるということです。つまり、「メカゴジラの逆襲」には「ゴジラ」と同じ「文明批判の見地」があるということです。

 そして、「新ゴジラ」に「文明批判の見地」があるのかと言えば、ないのですね。

 まあ、それだけではないのですがね、次回に続きます。

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「ULTRAMAN」その4

 さてさて、前回まで書いてきたとおり、「ULTRAMAN」は「デスノート」と「20億の針」と「ジャッカルの日」の面白さを持つことができたわけです。

 早い話、「ULTRAMAN」を面白く、大人向けにしたかったら、「20億の針」を作ってしまえば良かったわけです。

 実は、「20億の針」に影響を受けた「ヒドゥン」という映画があります。1988年に「ロボコップ」を差し置いて第16回アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭(現ジェラルメ国際ファンタスティカ映画祭)グランプリを受賞した作品です。

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 車を暴走させ、銃を乱射した男が警官たちに撃たれて病院送りになります。すると、主人公の刑事の元にFBIの捜査官が現れ、「この男を探している」と写真を見せます。「その男なら病院送りになった」という話を聞くと、FBIの捜査官は血相を変えて病院に向かいます。その頃、病院では不思議なことが起きていました。寝かされている男の口から、奇怪な生物が現れ、隣に寝ている重体患者の口の中に入っていくのです。すると、重体患者は眼を開き、むっくり起き上がり、病院を出ていきます。そして、喫茶店に入りコーヒーを飲んでいると、「有力な大統領候補者が、遊説に訪れた」というテレビニュースを見て、ニヤリと笑うのです。

 わかりますね(笑)? この生物は、たった一人でアメリカ征服、ひいては世界征服まで企んでいるのです。

 「ヒドゥン」は低予算映画です。口から這い出た生物の作りものを「ULTRAMAN」の特撮と見比べてみれば、どちらの方が予算が上かは歴然です。

 でも、「ULTRAMAN」と比べてどちらが面白いかといえば、圧倒的に「ヒドゥン」の方なんですよ!!

 ちなみに「デスノート」で月が南空ナオミを殺そうとしてるところを、和田が気づかず通り過ぎてしまうという場面がありますね。それと似た場面が「ヒドゥン」にもあります。同じことを繰り返しますが、「デスノート」の元ネタが、「ヒドゥン」だとか言いたいわけではなく、同じ面白さを持っているということが言いたいわけです。

 「ULTRAMAN」は「デスノート」と「20億の針」と「ジャッカルの日」と「ヒドゥン」の面白さを持つことができたのです。

 ザ・ワンを追ってきたザ・ネクストは真木舜一と合体します。ザ・ネクストと真木舜一はザ・ワンを探すのですが、誰の中に入っているか分からない……。

 この話の方がずーっと面白かったのでは?

 なんで、この話を作らなかったのでしょうね?

 好意的に考えれば、「20億の針」等の作品とネタがかぶってしまうから、それを避けた……。
 しかし、フレデリック・フォーサイスが「昔から良くあるネタですから」と書いているのだから、ネタなんかかぶっても構わないんです。
 面白いんだから、それをやってしまえば良かったんです。

 薄情に考えれば、スタッフが無能で、それが思いつかなかった……。

 前者であってほしいですがね。

 まあ、前々回、サラリと書いたとおり、「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」になると思った」というのもあるのかもしれません。

 「宇宙人とコンビを組んで、宇宙人を探す」という内容は、凸凹コンビ、ボケとツッコミになってしまいかねず、「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべる」大人向けの作品にはなりませんからね……。

 しかし、私は「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」になる」とは思いません。
 それは単なる「暗い話」です。子供向けでも「暗い話」はあるのですから、「暗い話」 = 「大人向け」ではないのです。

 例えば、「男はつらいよ」はオジサン、オバサンに大人気ですよね? 子供向けですか? 大人向けですよね?
 登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってますか? しゃべってませんね?
 ハイ、「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」」ではないのです。

 「ULTRAMAN」を見た時、心底ガッカリさせられました。『「ウルトラマン」を大人向けに作る』、こういうものを作る機会がありながら、この程度のものを作りやがって、今後、こういう機会が2度と来なくなるかも知れないのに……、と

 「ULTRAMAN」をほめている人もいますが、それはやはり私のように「今後、こういう機会が2度と来なくなるかも」と思うからこそ、無理矢理でもほめなければ、と思う人たちなのでしょう。しかし、やはり「ULTRAMAN」は面白くないです。単なる駄作です。そこをキチンと認めなければ、今後に反省が生かされないと思います。

 さんざんに書いてきましたが、「ULTRAMAN」にもほめるところもあります。CGディレクター・板野一郎演出によるウルトラマン・ネクストとザ・ワンの空中戦は確かに見ものです。

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 ですが、この短い空中戦のために、退屈なドラマ部分を耐えろ、とは言えません。もし、ドラマ部分が退屈でなければ、「日本にもこういうものが作れるんだ!!」と世界に誇れる物になったかもしれません。

 「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」」ではないのです。

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「ULTRAMAN」その3

 それでは「ウルトラマン」を面白くする方法です。

 「ウルトラマン」の元ネタはハル・クレメントの「20億の針」だと言われてます。(「20億の針」の文庫の初版は1965年、「ウルトラマン」の放送開始は1967年)

 哺乳類に似た生物に寄生するアメーバ状の宇宙生物である”捕り手”は”ホシ”を追って、地球にやってきます。しかし、進入角度を間違え、地表に激突してしまいます。故障した宇宙船から脱出した”捕り手”は、タイチ島の浜辺で甲羅干しをしていた少年、ロバート・キンネアド(愛称、バブ)の中に入り込みます。

 ね? 「ウルトラマン」の冒頭の展開と似ているでしょう?
 (「20億の針」は翻訳者が生きてれば百歳を越えてる人なので、訳文が古いです。15歳の少年が「そやつ」なんて言葉づかいをします。”捕り手”は多分、”catcher”か”hunter”と書かれていたのでしょう。ロバート・キンネアドも今なら、ロバート・キナードで愛称もボブでしょう。タイチもタヒチですね)

 それから、”捕り手”はバブの体内に自分がいることをわからせようと悪戦苦闘して、七転八倒させます。(比喩じゃなくて本当に)最終的に”捕り手”のとった方法は、バブの体内から外に出て、置き手紙を残すことでした。「君に起きた出来事の原因は、私にある。それを確かめたければ、明るい所に目をやってくれ、影絵を作ることができる」といった内容の手紙を残します。バブは人目のない時を見計らって、明るい所に目をやり、「それでは影絵を作ってくれ」と言います。”捕り手”はバブの目に影絵を作り、自分の中に宇宙人がいることを納得させるのです。

 ”捕り手”がバブに自分の存在を知らせる部分に、「20億の針」はかなりなページ数を割いてます。ハル・クレメントは少年を主人公にしていますが、少年向けSFを書いたつもりはないでしょう。とにかく、バブに”捕り手”の存在を納得させて、次の展開に話を進めやすくするために、少年を主人公に据えたのだと思います。やはり、「体内に宇宙人がいる」なんて理解させるのは難しいわけです。子供でも理解させるのが難しいのに、良い年した大人があっさり理解してしまう「ULTRAMAN」は展開が不自然なんです。(「ウルトラマン」の第一話は子供番組だから、「体内に宇宙人がいる」をあっさり納得しても構わないわけです)

 さて、バブを納得させた”捕り手”は、バブとともに自分と同じ寄生生物”ホシ”を探し始めます。容疑者の数は、当時の地球の総人口20億人。
 どう探すのでしょう?
 ワクワクしますね(笑)。
 しかし、実際に読んでみるとガッカリしますよ(笑)。あっさり容疑者の数は5人程度に絞られてしまうのですから。まあ、言われてみれば当然なのですがね。当時、バブと一緒に甲羅干ししていたバブの友人たちの誰かの中に入っているはずなんですから。(「ガッカリします」と書きましたが、最後まで読めば「20億の針」は面白いと断言できます。オススメです)

 この「20億の針」のストーリーを紹介してると、私は別の小説を思い出します。

 フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」です。

ジャッカルの日 (角川文庫) Book ジャッカルの日 (角川文庫)

著者:フレデリック・フォーサイス
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 反ドゴール派の組織は、ドゴール大統領の暗殺を計画しますが、ことごとく失敗します。すでにメンバー全員の顔が割れ、完全な監視下に置かれているのだと考えた反ドゴール派の組織のリーダーは、顔も名前も知られていない外部のプロ、「ジャッカル」を雇います。一方、ドゴール側は反ドゴール派の動きを察知し、「ジャッカル」を探す役目を、ルベル警視に命じます。ルベル警視は、顔も名前も知られていない「ジャッカル」を探さなければなりません。パリ国際空港の利用客は1日に何万人もいるというのに……。

 また、ほかに最近、日本にもヒットした漫画がありますね。

 勘の良い人は、すぐに気付いたと思いますが、

 「デスノート」

 

DEATH NOTE デスノート(1) Book DEATH NOTE デスノート(1)

著者:大場 つぐみ,小畑 健
販売元:集英社
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 Lは顔も名前も殺人方法もわからない殺人鬼、キラを追います。

 ここで私の言いたいことを勘違いしないでください。

 私は「デスノート」の元ネタが「20億の針」だとか「ジャッカルの日」だとか言いたいのではないのです。

 なぜなら、フレデリック・フォーサイスが「ジャッカルの日」の日本語版の序文にこういう内容のことを書いているのです。「この本は、日本の方にも必ず気に入ってもらえるはずですよ。なぜなら、昔からよくあるネタですから」と。

 つまり、「デスノート」と「ジャッカルの日」と「20億の針」は、同じ面白さを持っていると言いたいのです。

 そして、「ULTRAMAN」は、「デスノート」と「ジャッカルの日」と「20億の針」と同じ面白さを持つことができたと言いたいのです。

 なんてもったいないことをーッ!!!!

 と思いませんか? 私は思います。

 今回で終わりのつもりでしたが、また続くことになりました(笑)。

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