クソ映画

「ゴジラ」84年度版、その4

 「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」

 さて、ゴジラが日本に上陸します。ここが本作のゴジラ初登場シーンになるようです。(写真でなら、すでに出ている……。だから、早く出せと……)。「濃霧で発見が遅れました」なんて「オイオイ」と言いたくなるようなセリフがあって、原子力発電所に近づくゴジラに警備員(石坂浩二)が気がつく、というシーンなんですが、地割れが起きるまで近づいてるのに気がつかないって、そんな馬鹿なと呆れさせるシーンです。ゴジラの足からパンアップしていくシーンなので、ゴジラの巨大さをアピールしたつもりなんでしょうが……。

 そして、林田博士(夏木陽介)はゴジラが渡り鳥の群れに反応したことから、帰巣本能を持っており、それを使ってゴジラを誘導する方法を思いつきます。
 しかし、ゴジラの大きさなら、反応するのは渡り鳥の方なのでは……? (まあ、ご都合主義だけどね)

 この後、アメリカとソ連がゴジラが日本に上陸した際、戦術核を使用させてほしいと申し出てきます……。

 この部分をほめる人間がいるのですが、私には理解できません。いくらアメリカとソ連でも、他国の領土に核を使用させてほしいなどと申し出てくるでしょうか? これが核実験が華やかな(笑)1960年代ならまだしも、もう1980年ですよ? 「そんなことするかよ?」とあきれました。

 しかし、「言ってくるかもしれないじゃないか?」という人もいるかもしれません。

 それなら、こう答えます。

 「それなら、絶対落とす」と。

 「馬鹿って言われたら、イヤでしょう? だから、馬鹿って言っちゃいけないんだ」なんて幼稚園児みたいな論理でやめたりはしません。

 「もしあなた方の国に、アメリカとソ連にゴジラが現れたら、その時あなた方は首都ワシントンやモスクワでためらわず核兵器を使える勇気がありますかと言ったら、両首脳は納得してくたよ」なんてセリフを言って、煙草に火をつけてもらう姿は、一国の首相の姿には見えませんでした。
 まるで、デパートの社長と重役のようです。
 (ま、この後の展開の伏線と考えれば、あっても良いのかもしれません)

 この後、ゴジラが東京湾に現れます。

 自衛隊と大戦闘を繰り広げるわけです。

 ところが、あれだけ会議して、ゴジラ撃滅作戦を練っているはずの自衛隊はアホみたいに沿岸に部隊を並べてるだけなので、ゴジラの火炎に一掃されます。(作ってる方もよ、もう少し考えろよ。これで面白くなると思うのか)

 ついにゴジラが東京に上陸しました。

 すいません、私は嘘をついてました。

 「ゴジラ」84年度版、その2で、「「新ゴジラ」は無味乾燥な話です。怪獣映画は煎じ詰めれば、怪獣が出て、暴れて、倒される、だけの話です。しかし、本当にそれだけではつまらないわけです。ですが、本当にそれだけの退屈な話なのです」と書きましたが、ゴジラが全然暴れません!! 

 

怪獣が出て、暴れず、倒されるだけの無味乾燥な話なんです!!

(DVDのオーディオコメンタリーで中野昭慶監督が、なんか思い入れがあるようなことがあることを言ってますが、本当に独り善がりもいいところです。観客が何を期待してるか考えて映画を作ってほしいですね。こんな作り手の独り善がりが肥大化した結果、邦画がダメになったのだと思ったりもします)

 この後、中野昭慶監督がオーディオコメンタリーで「リアリティー」云々の話をしますが、リアリティーとは程遠い場面があるのです。

 

ゴジラの真正面に向かって人を満載させた新幹線が走ってくるのです!!

 もう一回続くようです。

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「ゴジラ」84年度版、その3

 さて、ついに「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」の内容に入りましょう。

 まず、以前に脚本の永原秀一氏が「ゴジラ」シリーズを見たことがないのではないか、と書きましたが、それは前作に当たる「ゴジラ」から引き継いでる固有名詞が怪獣ゴジラと大戸島以外ないのです。
 そんな続編ありますか? 普通ならゴジラを退治したオキシジェン・デストロイヤーの名前ぐらい出すでしょう? 評判の悪い「ゴジラの逆襲」でもオキシジェン・デストロイヤーの名を出してました。オキシジェン・デストロイヤーの名前も出さず、前作の登場人物の名前すら出てこないのは、やはり見てないからではないでしょうか?

 さて、嵐の海で、漁船が島に引きつけられます。その時、島に噴火のような爆発が起きます。人呼んで「爆発のしょーちゃん」と言われる特技監督、中野昭慶氏によるものですから、爆発は見事です。

 しかし、内容的に言うと、もうこの時点でゴジラを見せても良いんですよね……。ゴジラが何か、もう観客は知っているのですから……。

 漁船は漂っているところを、主人公、牧に発見されます。牧が漁船の中に入ると、中はひっそりとしてます。しかし、人影が……。ですが、それはミイラ化した人間でした。人間をミイラ化した怪物の正体は、ショッキラス。巨大なフナムシでした。

 この部分、ホラーっぽくしてはいますが、いかんせん時間が短い上に、ショッキラスの操演もぎこちない。橋本幸治監督は、ここで観客にショックを与える演出ができれば良かったんですが、しょっぱなから「ああ、この映画はダメだ……」という印象しか与えません。ちなみにフナムシは雑食性で体液など吸いません。沢山のショッキラスが船員の死体を食っていて、襲ってくるとでもしておけば良いのに。しかし、フナムシはジャンプはしませんが。

 牧はショッキラスに襲われますが、生きていた奥村の斧の一撃で救出されます。

 いつも突っ込まれることですが、斧の一撃で倒されるショッキラス一匹に船員たちは全滅してしまったのでしょうか? ま、何も考えていないのでしょうがね。ようするに「説明しなくてもわかる部分を省略した」のではなく、「説明を考えていないから、こんな風にしとけば良いや」と省略してごまかしたんです。省略法ってのは、「説明しなくてわかるだろうから省略する」で使ってほしいです。これで分からなければ観客のせいですが、説明を初めから考えてなくて、「こんな風にごまかせば良いや」の省略法は、明らかに作り手の手抜きです。

 新聞記者である牧は事件を記事にしますが、政府にもみ消されます。政府はゴジラのことを伏せることにしたのです。

 ここで映画の評価を下げる一因、沢口靖子が出てきます。この時、沢口靖子は大根女優、セリフはほとんど棒読み、表情にも変化はなく、当時「サイボット・ゴジラより動かない」と揶揄されました。
 サイボット・ゴジラとはロボット製作会社の「株式会社みずの」に外注制作された全高5メートルほどのロボットです。(歩きはしませんが)金属骨格にラテックス製の外皮がつけられ、「撮影はほとんど、これで行う」と宣伝されたような記憶がありますが、頭が大きく不格好な印象で、当時「ウゲーッ!!」となりました。もちろん、実際の撮影は伝統の着ぐるみ(スーツ)が使われたのですが、唇が動くなどアップシーンでは使われたようです。(基本的にゴジラは爬虫類で、唇は動かないと思いますが)しかし、アップシーンに使うだけなら、全身像を作る必要などないわけで。このサイボット・ゴジラが作られたのは、当時、ジョン・ギラーミンの「キングコング」が製作され、その時、等身大コングを作ったのを真似したと思われます。しかし、ジョン・ギラーミン版の「キングコング」は評判が悪くて、「なぜ、そんな映画の真似をするのか?」と当時は呆れました。

 ただし、サイボット・ゴジラは、その後、イベントなどで長く活躍しましたので、作って良かったのかもしれません。撮影の役には立たなかったのですが、宣伝の役には充分、立ちましたから。

 しかし、ゴジラがソ連の原潜を撃沈して、米ソの緊張が高まります。政府はゴジラを発表することに決定します。

 この辺、なにもかも後手に回る政府の対応を揶揄してるのかと思いきや、そういうわけでもないようなので、「なにやってんだ……!!」とあきれ返るだけです。登場人物が観客に馬鹿だと思われるのは、映画に限らずフィクションでは一番、マズイことです。シリアスな内容なら登場人物の行動で「その手があったか!!」と感心させなければいけません。コメディなら、「あいつら馬鹿でえ!!」と笑えば良いのですが。物語が悲劇の場合、登場人物が行動が、うまい具合に制限されてなければいけません。「こうすりゃ良いじゃないか」と観客が思うのではなく、「ああ、出来ないのか、そうか、出来ないのか」と観客に思わせなければ、悲劇にはなりません。

 その後、政府はゴジラ対策の会議を始めます。

 ……多分、「日本沈没」(1973年)辺りを参考にしてるのでしょうが、この映画、会議ばかりしてます……。
 一般庶民に見せる映画なのですから、一般庶民に視点を置いた方が良いではないでしょうか?
 そして、ゴジラ対策が初めから観客に明かされてしまうのですね。意外な展開が欲しいとは思わないんでしょうか? 当時、「キネマ旬報」に「新ゴジラ」の脚本が掲載されました。そして、ラストの展開が隠されていたのです。私はラストのその部分だけ読んで、全文読んではいませんが。隠された部分に何か意外な展開が隠されていて、映画を見ればわかるのかと思っていたのですが、意外な展開は何一つ起きないのです。「なんのために隠したんだ?」と、そのことに驚きました。

 一方、一般庶民の代表である主人公、牧は何をしてるのかという、尚子(沢口靖子)に奥村が生きてることを告げて、再会させます。
 ……しかし、それは兄の生存を信じる妹の思いをかなえるとか、政府の対応に対する憤りを感じたからとかの正義感からではなく、単にスクープをものにしたかったからでした……。

 あの~、観客に「主人公に共感してほしい」とは思わないのですか……?

 まだ続きます。

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「ゴジラ」84年度版、その2

 「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」の続きです。

 「ゴジラ」シリーズは昭和29年の「ゴジラ」の後、「ゴジラの逆襲」以下「メカゴジラの逆襲」まで、「キングコング対ゴジラ」「モスラ対ゴジラ」 「三大怪獣 地球最大の決戦」「怪獣大戦争」「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」「怪獣総進撃」「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」「ゴジラ対ヘドラ」「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」「ゴジラ対メガロ」「ゴジラ対メカゴジラ」「メカゴジラの逆襲」と、15作作られています。

 しかし、時間軸は作品順と言うわけではないのですね。二作目「ゴジラの逆襲」のラストで、ゴジラは氷の中に閉じ込めるという結末になっています。三作目「キングコング対ゴジラ」では、氷の中から出現していますので、時間軸はつながっています。七作目「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」ではレッチ島からゴジラが脱出するラストになってまして、次の八作目「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」ではゾルゲル島に向かう主人公たちが飛行機の中から、嵐の海を渡るゴジラを目撃するという出現になっています。これはレッチ島から脱出したゴジラと考えることもできるわけで、(違うかもしれませんが)時間的につながっているわけです。
 ですが、六作目「怪獣大戦争」は196X年が舞台で(その後、197X年に変更)、九作目「怪獣総進撃」は1994年が舞台なわけです。ちなみに「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」は夢オチ。シリーズの時間軸とはつながっていないわけです。
 (余談ですが、当時「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」見た、みうらじゅん氏や東野圭吾氏の発言を読むと、それまでの「ゴジラ」シリーズ全てが夢オチと受け取ってしまって、それでゴジラに冷めたという人が多いようです)

 というわけで、作品を時間順に置き換えると、「ゴジラの逆襲」 → 「キングコング対ゴジラ」 → 「モスラ対ゴジラ」 → 「三大怪獣 地球最大の決戦」 → 「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」 → 「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」 → 「ゴジラ対ヘドラ」 → 「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」 → 「ゴジラ対メガロ」 → 「ゴジラ対メカゴジラ」 → 「メカゴジラの逆襲」 → 「怪獣総進撃」、番外編「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」となるわけです。「怪獣大戦争」は、解釈次第で、どこへでも置けるわけですね。

 つまり、「ゴジラの逆襲」からつながる一連の「ゴジラ」シリーズの続編を考えるなら、1994年が舞台の「怪獣総進撃」の続きを考えるべき、なわけです。あるいは1984年にゴジラの続編を考えるなら、当然、「メカゴジラの逆襲」の続きですね。解釈次第で「怪獣大戦争」もありです。
 (余談ですが、私なら「怪獣総進撃」の続きで、怪獣ランドを舞台に、怪獣を操作しようとする敵(テロリストか宇宙人)と主人公が戦う、「ダイ・ハード」のような話を考えます)

 しかし、「ゴジラ」84年度版 = 「新ゴジラ」は、それまでの「ゴジラ」シリーズの流れを全部捨てて、一作目「ゴジラ」から30年後、再びゴジラが現れる、という設定で物語を作ることになりました。子供むけになりすぎたゴジラを、また大人向け、恐怖の対象とすることで。

 さまざまな人が期待を持ちました。前回、紹介した池田憲章、島本和彦、江川達也も、そうです。それだけではなく、ゴジラは映画界が活況だった時の象徴ともいえるわけです。「怪獣総進撃」までは確かにそうでした。その後の作品は、映画界が斜陽になったことを感じさせる作品なわけですが。

 再び、ゴジラによって、映画界に活況が戻るのではないか、と期待を寄せる人が多かったのです。

 しかし、そのゴジラを辛辣に切って捨てた人物が一人いました。

 前にも書いたことがありますがSF作家の星新一氏です。

 一言、こう言ってのけました。

 

「二度目のストリップなんか、早く脱げとしか思わない。ゴジラが出るまで勿体ぶったり、有名な俳優が出るなら私は見ない」

 ……その結果がどうだったか、と言えば、ゴジラが出るまで勿体ぶった挙句、つまらない出し方をして、小林圭樹という有名な俳優が出ていたわけです。

 多分、星新一氏は見なかったのでしょうね。

 それが正解です。

 「新ゴジラ」は無味乾燥な話です。怪獣映画は煎じ詰めれば、怪獣が出て、暴れて、倒される、だけの話です。しかし、本当にそれだけではつまらないわけです。ですが、本当にそれだけの退屈な話なのです。

 「ゴジラの逆襲」はあまり評価が高いわけではありませんが、ゴジラがすぐ出てくるだけでも「新ゴジラ」よりも上と言えるでしょう。

 
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 星新一氏が言うとおり、一回見ているものを改めて見ても、最初の驚きを超えるわけではないのです。「エイリアン2」もエイリアンがすぐ出てきます。「あれ、そうだっけ?」と思った人は忘れてるだけです。

 
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 それだけではなく、「ゴジラの逆襲」では怪獣が二匹、二倍になっている(笑)。
 「スクリーム2」で「二作目では被害者が二倍になる!」という人物が出てきますが、その意味でもパワーアップしている「ゴジラの逆襲」は続編として正しいのです(笑)。

 
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 さて、本篇の内容については次回に。 

 

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「ゴジラ」84年度版、その1

 今回のクソ映画は「ゴジラ」84年度版です。

 
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 本当は、もっと引っ張りたかったネタなんですが、デアゴスティーニの「東宝特撮映画DVDコレクション」の初期ラインナップに用意されているのがわかったので、今回書く気になりました。

 
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 しかし、常々思っていることですが、タイトル変えてくれませんかねえ?

 正式タイトルが昭和29年の「ゴジラ」と全く一緒とはどういうことなんでしょう?

 年代も昭和29年から30年後の59年だから、うっかり読み間違えると区別がつかなくて困ってしまいます。

 西暦でも、正月映画なので、84年から85年にまたがっているので、84年度版と記すべきか85年度版と記すべきか、悩んでしまいます。

 せめて「新ゴジラ」とすればよいのに。

 だから、今回の文章では「ゴジラ」84年度版を「新ゴジラ」と表記します。

 「新ゴジラ」の制作が報道されたとき、期待は全くできない状態でした。何しろ、監督が「さよならジュピター」の橋本幸治氏でしたから。

 「あのクソ映画を撮った監督に、また監督させるかねえ!?」と、当時はあきれ返ったものでした。

 しかし、とある雑誌で池田憲章氏が発言しました。「あれは小松左京さんが、かなり口出ししたそうですよ。今度は単独で監督したから大丈夫でしょう」と。

 そして、島本和彦氏と江川達也氏が対談で発言したのです。「今度はマニアが作るから、面白いよ」と。

 池田憲章、島本和彦、江川達也……、この三人がほめれば失望が期待に変わっても不思議はないでしょう……?

 私は「新ゴジラ」を期待して待つことにしたのです。

 しかし、思えば、この考えには致命的な欠点がありました……。

 この段階では、三人とも出来上がった作品を見ていない、ってことです……。

 今思えば、この三人も、自分に言い聞かせていた部分があったのかもしれません……。

 出来上がった作品はまた……、「さよならジュピター」に匹敵する(?)ひどい出来で。いや、あれほどではないかな……。わかりませんが……。

 これは何に起因するかと言えば脚本の永原秀一氏に起因するのではないかと思います。(もちろん、それだけではないのですが)

 多分、多分、ですが、この永原秀一さん、怪獣映画を見たことがなかったのではないでしょうか?

 「怪獣映画を見たことないけど、怪獣映画ってこんな感じだろう?」と「新ゴジラ」の脚本を書いたのではないでしょうか?

 それで、具体的な内容には後に触れますが、あんな内容になったのではないかと思います。永原秀一氏は60歳くらいで亡くなってしまいインタビューなどが残ってないのでわかりませんが。(私が知らないだけかもしれませんが)

 それなら、一度「ゴジラ」シリーズを全部見てから、書き始めて欲しかったですね。「メカゴジラの逆襲」で脚本デビューした高村由紀子という女性脚本家がいるのですが、この方は「メカゴジラの逆襲」の脚本を書くために、それまで見たことのない「ゴジラ」シリーズを全部見たそうですから。

 
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 そのためか、「メカゴジラの逆襲」は、「ゴジラ」シリーズの核を捕えた映画になりました。

 「メカゴジラの逆襲」は「怪獣がいる世界で、恐竜を発見したと発言した博士が学会を追放されるのはおかしい」と、良く批判されます。しかし、映画を見ればわかることですが、真船博士が学会を追放された理由は「発見した恐竜を、必ずコントロールしてみせる」と発言したことが倫理的に問題視され、追放されることになったのです。

 三島由紀夫が「ゴジラ」を、「「ゴジラ」は凄い、文明批判の見地がある」とほめたそうです。

 「発見した恐竜を、必ずコントロールしてみせる」と発言したことが倫理的に問題視される、これは進みすぎる科学への抵抗感があるということです。つまり、「メカゴジラの逆襲」には「ゴジラ」と同じ「文明批判の見地」があるということです。

 そして、「新ゴジラ」に「文明批判の見地」があるのかと言えば、ないのですね。

 まあ、それだけではないのですがね、次回に続きます。

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「ULTRAMAN」その4

 さてさて、前回まで書いてきたとおり、「ULTRAMAN」は「デスノート」と「20億の針」と「ジャッカルの日」の面白さを持つことができたわけです。

 早い話、「ULTRAMAN」を面白く、大人向けにしたかったら、「20億の針」を作ってしまえば良かったわけです。

 実は、「20億の針」に影響を受けた「ヒドゥン」という映画があります。1988年に「ロボコップ」を差し置いて第16回アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭(現ジェラルメ国際ファンタスティカ映画祭)グランプリを受賞した作品です。

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 車を暴走させ、銃を乱射した男が警官たちに撃たれて病院送りになります。すると、主人公の刑事の元にFBIの捜査官が現れ、「この男を探している」と写真を見せます。「その男なら病院送りになった」という話を聞くと、FBIの捜査官は血相を変えて病院に向かいます。その頃、病院では不思議なことが起きていました。寝かされている男の口から、奇怪な生物が現れ、隣に寝ている重体患者の口の中に入っていくのです。すると、重体患者は眼を開き、むっくり起き上がり、病院を出ていきます。そして、喫茶店に入りコーヒーを飲んでいると、「有力な大統領候補者が、遊説に訪れた」というテレビニュースを見て、ニヤリと笑うのです。

 わかりますね(笑)? この生物は、たった一人でアメリカ征服、ひいては世界征服まで企んでいるのです。

 「ヒドゥン」は低予算映画です。口から這い出た生物の作りものを「ULTRAMAN」の特撮と見比べてみれば、どちらの方が予算が上かは歴然です。

 でも、「ULTRAMAN」と比べてどちらが面白いかといえば、圧倒的に「ヒドゥン」の方なんですよ!!

 ちなみに「デスノート」で月が南空ナオミを殺そうとしてるところを、和田が気づかず通り過ぎてしまうという場面がありますね。それと似た場面が「ヒドゥン」にもあります。同じことを繰り返しますが、「デスノート」の元ネタが、「ヒドゥン」だとか言いたいわけではなく、同じ面白さを持っているということが言いたいわけです。

 「ULTRAMAN」は「デスノート」と「20億の針」と「ジャッカルの日」と「ヒドゥン」の面白さを持つことができたのです。

 ザ・ワンを追ってきたザ・ネクストは真木舜一と合体します。ザ・ネクストと真木舜一はザ・ワンを探すのですが、誰の中に入っているか分からない……。

 この話の方がずーっと面白かったのでは?

 なんで、この話を作らなかったのでしょうね?

 好意的に考えれば、「20億の針」等の作品とネタがかぶってしまうから、それを避けた……。
 しかし、フレデリック・フォーサイスが「昔から良くあるネタですから」と書いているのだから、ネタなんかかぶっても構わないんです。
 面白いんだから、それをやってしまえば良かったんです。

 薄情に考えれば、スタッフが無能で、それが思いつかなかった……。

 前者であってほしいですがね。

 まあ、前々回、サラリと書いたとおり、「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」になると思った」というのもあるのかもしれません。

 「宇宙人とコンビを組んで、宇宙人を探す」という内容は、凸凹コンビ、ボケとツッコミになってしまいかねず、「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべる」大人向けの作品にはなりませんからね……。

 しかし、私は「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」になる」とは思いません。
 それは単なる「暗い話」です。子供向けでも「暗い話」はあるのですから、「暗い話」 = 「大人向け」ではないのです。

 例えば、「男はつらいよ」はオジサン、オバサンに大人気ですよね? 子供向けですか? 大人向けですよね?
 登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってますか? しゃべってませんね?
 ハイ、「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」」ではないのです。

 「ULTRAMAN」を見た時、心底ガッカリさせられました。『「ウルトラマン」を大人向けに作る』、こういうものを作る機会がありながら、この程度のものを作りやがって、今後、こういう機会が2度と来なくなるかも知れないのに……、と

 「ULTRAMAN」をほめている人もいますが、それはやはり私のように「今後、こういう機会が2度と来なくなるかも」と思うからこそ、無理矢理でもほめなければ、と思う人たちなのでしょう。しかし、やはり「ULTRAMAN」は面白くないです。単なる駄作です。そこをキチンと認めなければ、今後に反省が生かされないと思います。

 さんざんに書いてきましたが、「ULTRAMAN」にもほめるところもあります。CGディレクター・板野一郎演出によるウルトラマン・ネクストとザ・ワンの空中戦は確かに見ものです。

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 ですが、この短い空中戦のために、退屈なドラマ部分を耐えろ、とは言えません。もし、ドラマ部分が退屈でなければ、「日本にもこういうものが作れるんだ!!」と世界に誇れる物になったかもしれません。

 「登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」」ではないのです。

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「ULTRAMAN」その3

 それでは「ウルトラマン」を面白くする方法です。

 「ウルトラマン」の元ネタはハル・クレメントの「20億の針」だと言われてます。(「20億の針」の文庫の初版は1965年、「ウルトラマン」の放送開始は1967年)

 哺乳類に似た生物に寄生するアメーバ状の宇宙生物である”捕り手”は”ホシ”を追って、地球にやってきます。しかし、進入角度を間違え、地表に激突してしまいます。故障した宇宙船から脱出した”捕り手”は、タイチ島の浜辺で甲羅干しをしていた少年、ロバート・キンネアド(愛称、バブ)の中に入り込みます。

 ね? 「ウルトラマン」の冒頭の展開と似ているでしょう?
 (「20億の針」は翻訳者が生きてれば百歳を越えてる人なので、訳文が古いです。15歳の少年が「そやつ」なんて言葉づかいをします。”捕り手”は多分、”catcher”か”hunter”と書かれていたのでしょう。ロバート・キンネアドも今なら、ロバート・キナードで愛称もボブでしょう。タイチもタヒチですね)

 それから、”捕り手”はバブの体内に自分がいることをわからせようと悪戦苦闘して、七転八倒させます。(比喩じゃなくて本当に)最終的に”捕り手”のとった方法は、バブの体内から外に出て、置き手紙を残すことでした。「君に起きた出来事の原因は、私にある。それを確かめたければ、明るい所に目をやってくれ、影絵を作ることができる」といった内容の手紙を残します。バブは人目のない時を見計らって、明るい所に目をやり、「それでは影絵を作ってくれ」と言います。”捕り手”はバブの目に影絵を作り、自分の中に宇宙人がいることを納得させるのです。

 ”捕り手”がバブに自分の存在を知らせる部分に、「20億の針」はかなりなページ数を割いてます。ハル・クレメントは少年を主人公にしていますが、少年向けSFを書いたつもりはないでしょう。とにかく、バブに”捕り手”の存在を納得させて、次の展開に話を進めやすくするために、少年を主人公に据えたのだと思います。やはり、「体内に宇宙人がいる」なんて理解させるのは難しいわけです。子供でも理解させるのが難しいのに、良い年した大人があっさり理解してしまう「ULTRAMAN」は展開が不自然なんです。(「ウルトラマン」の第一話は子供番組だから、「体内に宇宙人がいる」をあっさり納得しても構わないわけです)

 さて、バブを納得させた”捕り手”は、バブとともに自分と同じ寄生生物”ホシ”を探し始めます。容疑者の数は、当時の地球の総人口20億人。
 どう探すのでしょう?
 ワクワクしますね(笑)。
 しかし、実際に読んでみるとガッカリしますよ(笑)。あっさり容疑者の数は5人程度に絞られてしまうのですから。まあ、言われてみれば当然なのですがね。当時、バブと一緒に甲羅干ししていたバブの友人たちの誰かの中に入っているはずなんですから。(「ガッカリします」と書きましたが、最後まで読めば「20億の針」は面白いと断言できます。オススメです)

 この「20億の針」のストーリーを紹介してると、私は別の小説を思い出します。

 フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」です。

ジャッカルの日 (角川文庫) Book ジャッカルの日 (角川文庫)

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 反ドゴール派の組織は、ドゴール大統領の暗殺を計画しますが、ことごとく失敗します。すでにメンバー全員の顔が割れ、完全な監視下に置かれているのだと考えた反ドゴール派の組織のリーダーは、顔も名前も知られていない外部のプロ、「ジャッカル」を雇います。一方、ドゴール側は反ドゴール派の動きを察知し、「ジャッカル」を探す役目を、ルベル警視に命じます。ルベル警視は、顔も名前も知られていない「ジャッカル」を探さなければなりません。パリ国際空港の利用客は1日に何万人もいるというのに……。

 また、ほかに最近、日本にもヒットした漫画がありますね。

 勘の良い人は、すぐに気付いたと思いますが、

 「デスノート」

 

DEATH NOTE デスノート(1) Book DEATH NOTE デスノート(1)

著者:大場 つぐみ,小畑 健
販売元:集英社
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 Lは顔も名前も殺人方法もわからない殺人鬼、キラを追います。

 ここで私の言いたいことを勘違いしないでください。

 私は「デスノート」の元ネタが「20億の針」だとか「ジャッカルの日」だとか言いたいのではないのです。

 なぜなら、フレデリック・フォーサイスが「ジャッカルの日」の日本語版の序文にこういう内容のことを書いているのです。「この本は、日本の方にも必ず気に入ってもらえるはずですよ。なぜなら、昔からよくあるネタですから」と。

 つまり、「デスノート」と「ジャッカルの日」と「20億の針」は、同じ面白さを持っていると言いたいのです。

 そして、「ULTRAMAN」は、「デスノート」と「ジャッカルの日」と「20億の針」と同じ面白さを持つことができたと言いたいのです。

 なんてもったいないことをーッ!!!!

 と思いませんか? 私は思います。

 今回で終わりのつもりでしたが、また続くことになりました(笑)。

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「ULTRAMAN」その2

 前回の続きです。「ウルトラマン」を大人向けにするのは、実はものすごく簡単なんです。

 ウルトラマンを喋らせてしまえば良いのです。
 
 「ウルトラマン」を知らない人は、ウルトラマンが地球の平和を守るためにやってきたと思ってるかもしれませんが、違います。宇宙の墓場に連れていく途中、逃げられたベムラーを追って地球に来たのです。その時、ハヤタの乗るVTOLに激突してしまい、ハヤタを死なせてしまいました。そこでウルトラマンは、ハヤタと合体することでハヤタを救います。いわば偶然で地球にとどまることになったわけです。(冗談で、もしウルトラマンがベムラーを逃がさなければ、次の第二話で地球はバルタン星人の星になっていた、と言われてます)

 偶然、地球にとどまることになったウルトラマンは、科学特捜隊員のハヤタの「地球を守る」という目的が宇宙警備隊員であるウルトラマンの「宇宙の平和を守る」という目的と一致するから、時には変身して宇宙人や怪獣退治に協力するわけです。そして最終回、ゼットンに敗れたウルトラマンは、迎えにきたゾフィに「地球の平和は、地球人の手で守るべきだ」と諭され、ハヤタと分離して地球を去っていくのです。

 ここで大事な点は、ウルトラマンとハヤタは合体して、同じ体に二つの精神が入っているということです。
 ハヤタとウルトラマンとの会話がないのはなぜでしょう? ハヤタでいるとき、ウルトラマンは何を考えているのでしょう? ウルトラマンでいるとき、ハヤタは何を考えているのでしょう?

 ウルトラマンは「シュワッチ!」とか「へアッ!」とか掛声を出しますが、基本的に、主語、述語のある言葉は喋りません。第一話と最終回と、「禁じられた言葉」で「メフィラス星人、宇宙に帰れ」くらいしか喋りません。

 私は、「「ウルトラマン」が子供番組だから、ハヤタとウルトラマンとの会話がない」と考えてます。
 ウルトラマンとハヤタが会話をし始めたら、「この人、なんで一人のときに二人いるみたいに話をしてるの?」と幼稚園児などには内容が難しくなって理解できなくなってしまうはずです。
 だから、意図的にハヤタとウルトラマンは会話しないことになっているのでしょう。

 しかし、内容が高度になっている「ウルトラセブン」では、諸星ダンが宇宙人、ウルトラセブンとしての言葉を話します。代表的なのが「超兵器R1号」での「僕はR1号の実験を妨害すべきだった、地球の平和のために」でしょう。
 また、「帰って来たウルトラマン」も「ウルトラマン」より、内容が大人向けであることは説明するまでもないでしょう。「帰って来たウルトラマン」でウルトラマンは、自分の意思を表明します。第二話「タッコングの逆襲」で、ピンチになったらウルトラマンに変身すれば良いと考えた郷秀樹に反発して、変身を拒否します。

 また、ゆうきまさみの「鉄腕バーディー」が「ウルトラマン」のオマージュ的作品で青年向けであることは説明するまでもないことでしょう。

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 「鉄腕バーディー」もバーディーと千川つとむが会話をします。

 だから、ウルトラマンを喋らせてしまえば、簡単に大人向けになるのです。

 「ULTRAMAN」のスタッフも、ULTRAMANと真木舜一を会話させてしまえば良かったのです。
 (物語の最後の方では会話をするのですが)

 ただ、「ULTRAMAN」のスタッフが、ULTRAMANと真木舜一を会話させなかった理由はちゃんとあるようなんですがね。
 「ウルトラマンティガ」の時、村石宏實監督(「電人ザボーガー」や「電脳警察サイバーコップ」など特撮作品があるものの、円谷の流れからは外れてる人)が、「ウルトラマンにしゃべらせたい」と言ったとき、「ULTRAMAN」の監督、小中和哉氏の実兄である小中千昭氏が「ウルトラマンはしゃべらない」と断っているんだそうです。

 その真意はイマイチ不明なんですが、ここに一種の哲学なり信念なりが感じられます。
 多分、それが理由で「ULTRAMAN」の中で、ULTRAMANと真木舜一を会話させないほうを選んだのでしょう。

 しかし、その結果、「ULTRAMAN」が大人向けになったかといえば、「なっていない」ので、ULTRAMANと真木舜一を会話させてしまえば良かったのです。

 登場人物が暗い顔して眉をひそめてボソボソしゃべってれば、「大人向け」になると思ったのでしょうかね?
 私は、そうは思いません。
 「自分の体の中に宇宙生物がいる」なんて突拍子もない話を簡単に信じてしまう真木舜一の姿はまるっきりコメディでした。
 目の前に宇宙人が現れて、「私達を侵略者から救ってください」と言われ、冗談だと思って引き受けてしまうコメディ映画「ギャラクシー・クエスト」の方がずっと常識的にありそうな展開です。
 
 うーむ、長くなってしまいました。「ウルトラマン」を面白くする方法については次回に続きます。

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「ULTRAMAN」その1

 今回はクソ映画、「ULTRAMAN」、2004年の映画です。

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 「ウルトラマン」第一話「ウルトラ作戦第一号」を大人向けにリメイクしたそうですが、「ULTRAMAN」を見るくらいなら、「ウルトラマン」第一話を30分見た方が良いくらいな退屈な映画になりました。

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 その理由は多分、「大人向けとは何か?」の定義を はっきり見出さないまま、作りはじめたためでしょう。
 「あの山に登れるか?」と聞かれたら、ほとんどの人がこう聞き返すでしょう。「あの山って、どの山?」と。「質問に質問を返すなーッ!!」と言われる筋合いはありません。質問に正確に答えるには、聞き返す必要がある質問だからです。
 大人向けとは何か? その定義が何かはっきりしてれば「ULTRAMAN」を見れば、それがわかるはずです。ところが、「ULTRAMAN」を見ても、私にはその定義が見えてこないんですね。

 私の「大人向け」の定義とは「登場人物が社会的、心理的に現実味のある行動をとる話」です。

 さて、問題の「ULTRAMAN」が、この定義に当てはまっているのかというと、全然当てはまっていないわけです。それは次の質問の答えを考えてもらえばわかります。

 「あなたは防衛庁の特務機関BSCTの一員です。ある人物を秘密裏に拉致しなければなりません。以下の方法をとりますか? その人物の操縦する飛行機に客として乗り込み、銃で脅して目的地に飛行させ、心配する家族もまた銃で脅して黙らせる」

 ほとんどの人は「そんなことはしない」と答えるでしょう。秘密裏に拉致したいなら、方法ならいくらでもあるではないですか。私も書いてる途中でイヤになりました。しかし、「ULTRAMAN」では、こんな方法をとるのです。なんのために? わざわざ事を大袈裟にしてどうするというのでしょう? 

 また、主人公、真木舜一の体内には宇宙人(ザ・ネクスト)が存在するわけです。そのことを特務機関BSCTに知らされた真木は混乱し、うろたえます。

 あのー……。まともな大人が「あなたの体内には宇宙人がいます」と言われて「はい、そうですか」とやすやすと信じます? そんなこと言われたら、たいていの人は「こいつら全員馬鹿? それともオレ、ドッキリに引っかかってる?」と考えるのでは? まあ、良いでしょう。百歩譲って、体内に宇宙人がいると主人公が信じたとしましょう。ですがねえ、主人公、真木舜一はそこらのサラリーマンではなく、航空自衛隊のスクランブル要員なんですよ? 一番パニックに強くなければいけないのでは? 本当なら冷静に状況に対応するでしょう。

 本当なら、「ULTRAMAN」はこうなるはずなんです。

 特務機関BSCTは真木舜一を公式に呼び出して事情を伝えます。事態を知った真木舜一はためらいながらも協力を約束する。そして、家族を心配させまいと嘘をつく、と。

 それじゃつまらないじゃないか、と思う人もいるかもしれません。私も、そう思います……。

 だから、これは基本的なストーリーがそもそも全く面白くないんですよ!!

 全く面白くないからこそ、いろいろ展開を派手にして、面白くしよう、面白くしようと努力してるのでしょう。
 しかし、その結果、登場人物が社会的、心理的に現実味のある行動をとらなくなって、大人向けから離れていってしまってるのです。努力が空回りしてしまっているのです。

 (もっとも「登場人物が社会的、心理的に現実味のある行動をとる話」というのは、私の「大人向け」の定義ですから、「ULTRAMAN」の製作者達から見れば、この内容で「大人向け」の定義を満たしているのかもしれません。その定義が何かはわかりませんが……)

 真木舜一を拉致する水原沙羅(遠山景織子)が客として真木の軽飛行機に乗り込むのですが、その時の恰好がまた……、怪しさ大爆発な格好で、あれを見た時は嘘ではなく本当に吹き出しましたよ。あんな帽子かぶっているのを見たのは、「Gメン75」か「アイアンキング」のタイタニアン以来です。(これがギャグなら、確かに「大人向け」ではありますね)

 そして、特務機関BSCTに監禁された真木舜一を怪物ザ・ワンが襲ってきます。真木舜一はザ・ネクストとなって、ザ・ワンと戦います。その戦いの決着はつかないまま、ザ・ワンはどこかに行ってしまいます。ザ・ワンは新宿に向かったのでした。行動に一貫性がありません。ザ・ネクストを襲った理由は何でしょう? 新宿に向かった理由は?

 ……多分、ご都合主義なんでしょう。特務機関BSCTに監禁された真木舜一を脱出させる方法を思いつかなかった製作者は、「怪物なんだから、行動理念がわからなくても構わないだろう……」と考え、ザ・ワンに監禁された真木舜一を襲わせたのです。製作者の都合でやってきたから、「真木舜一を脱出させる」という製作者の都合を果たしたので、ザ・ワンはどこかに行ってしまったのです。ここは知恵を振り絞って、真木舜一本人の力で監禁状態から脱出しなければ面白くならないはずです。

 こんな風に「ULTRAMAN」は、基本的なストーリーがそもそも全く面白くない上に、面白くしよう、面白くしようと努力して、登場人物が社会的、心理的に現実味のある行動をとらないものだから、面白くもなんともない上に、大人向けから外れていってしまってるのです。

 当初は第二弾「ULTRAMAN2 requiem」(ウルトラマン2 レクイエム)の製作も予定され、公開時に製作決定の特報も流されましたが、中止されました。はっきりした理由は不明なのですが、面白くない上にヒットしなかった映画の続編が作られなくても不思議ではありません。

 「ウルトラマン」の映画は1年9か月の後に「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」が作られます。こちらの方が評価も高いし、ヒットもしたようです。私も好きです。オススメできます。「ウルトラマン」や「ウルトラ兄弟」に思い入れのない人には、単なる「子供向け映画」にしか思えないでしょうが、逆に思い入れがあるなら感涙必至と言える傑作です。

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 実を言うとねえ、「ウルトラマン」を「大人向け」にするのも、面白くするのも実に簡単なんですよ……。

 次回に続きます。

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「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」後篇

 恐竜ファンであるスピルバーグとしては、恐竜が銃で撃ち殺される映画なんか撮りたくなかったんだと思いますが、それなら銃を島に持ち込むような内容の映画にしなければよかったのでは?

 そもそも原作である「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」には恐竜ハンターなんか出てこないんですよね。
 なぜ出したんでしょう? やはりアクションシーンがほしいと思ったんでしょうか?

 原作の「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」も、あんまり面白くないのかもしれません。サイトBに生き残っている恐竜たちを観察して、恐竜絶滅の謎を探る、という思索的な内容で、あまりアクションなどないのですから。
 前作「ジュラシック・パーク」ではイアン・マルコムは死んだような描写があるんですよね。(そそっかしい記者が死んだと報道した、とか言う記述があって原作を読んだ時、苦笑しました)そして、ラストには恐竜が島の外に逃げ出しているような描写があるんです。だからマイケル・クライトンは当初、別の内容で「ジュラシック・パーク」の続編の構想を立てていたのかもしれません。そちらがうまくいかなくなって、現在の「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」の内容になったのかもしれません。

 そのつまらない原作に、華を添えようとアクション要素である銃を持ち込んだ。しかし、その銃で恐竜が撃ち殺される場面など、恐竜好きのスピルバーグには撮れない……。これでは、どうにもキチンとした作品などできそうにもないです。

 そのせいか第18回ゴールデンラズベリー賞において「最低続編賞」「最低脚本賞」「最低人命軽視と公共物破壊しまくり作品賞」の3部門にノミネートされたそうです。(受賞はしませんでしたが)

 しかし、これらは全て脚本を書いたデビット・コープに責任があります。

 内容に戻ると、恐竜に追いかけられ逃げ回る一同。
 
 ケリーの蹴りでラプトルとの追いかけっこにケリがつくとは、さすがに日本通のスピルバーグ。

 最後はヘリに乗り込み、「えっ、もう終り?」と思いましたが、やはりそれではつまらないと思ったか、ティラノサウルスがタンカーに乗せられてる場面を見て、「ああ、このティラノが上陸して暴れだすわけね」と先の展開の予想がついてホッとしました。(ホッとしちゃいかんか)

 タンカーが無線に答えず、港に突っ込んでくるのですが、このとき、タンカーで何が起こったか分からないのは登場人物以外にいないのではないでしょうか? 登場人物が全員馬鹿に見えます。

 さほど悪人とは思えないインジェンの社長が、ティラノサウルスにとどめを刺されるべく、ノコノコ坂を下りてく姿は、哀れなことこの上ないです。社長が殺されるなら、全く好感持てない自然保護団体「地球救済会」のメンバーを殺してほしかった(笑)。今までいろんな映画に自然保護主義者が出てきましたが、こんな好感持てない自然保護主義者を見たのは初めてです。「誰に助けてもらった?」と言われて相手に食ってかかるのですが、社交辞令のサンキューすら言えないか? 他にも反省せず、迷惑かけまくるんですから。(今ならシーシェパードか? ああ、あいつらクジラ以外、どうでも良いのか)

 まるでドリフの探検隊コントみたいな内容でしたね。全編「志村~、後ろ! 後ろ!」って。キャンプ中にティラノに忍び寄られて驚く男の演技は、突然現れたいかりや長介に驚く加藤茶のようだったし。

 最後は、「何人死んだかわかっているのか?」と言いたくなるインジェン会長の「恐竜たちは幸せに生き続けるのです」というふざけた演説で終わります。

 それで、スピルバーグが「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」をクソ映画と考えてるフシなんですが、デビット・コープが恐竜に食われる役として出演しているのですよ。やっぱりスピルバーグは、デビット・コープに腹を立ててたのではないでしょうか? 「俺にこんな映画を撮らせやがって……!」と。(まあ、DVDではにこやかに答えてますが)

 また、ラストでプテラノドンが羽ばたきながら木に止まるのですね。恐竜ファンだというスピルバーグが、現在ではプテラノドンが、羽ばたいて木に止まったりしなかったと考えられていることを知らないとは思えないんですよね。ということは、ワザと入れたということです。わざわざ、作品内容を貶めるようなシーンを入れたということは、もはや評価など、どうでもよいと考えてたのではないかと。

 そして、三作目を撮らず、人に任せたということ。(三作目の監督はジョー・ジョンストン)これが「もう「ジュラシック・パーク」には関わりたくない」というアピールだったのではないかと。

 その割には、その後もスピルバーグはデビッド・コープと仕事をしてたりするんですよね。
 (「宇宙戦争」や「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」とか)

 その理由がわからん。

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「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」前篇

 今回のクソ映画は「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」

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 スピルバーグの映画をクソとは良い度胸だと思うでしょうが、ヒッチコックにだって駄作はあるわけですから、スピルバーグだってねえ……。それに、スピルバーグだって、これが駄作だと考えているフシもあります。それは後回しにして、なぜ駄作かを説明しましょう。

 まず、人物設定がダメです。最近はそうでもないようですが、一時期のスピルバーグは「子供っぽい大人」しか主役にできなかったらしく、ほとんどが「子供っぽい大人」でした。インディ・ジョーンズも大学での講義はオタオタしてるのに、一たび冒険に出ると「俺の居場所はここだ!!」と言わんばかりに大活躍です。(「フック」なんか、まんま「大人になったピーター・パン」だもんね)

 だから、前作「ジュラシック・パーク」の主人公、アラン・グラント博士も「子供っぽい大人」でした。シートベルトがうまくつけられなくて、強引に縛り付けたり、まとわりつく子供がうっとうしくて逃げ回ったりする姿を女性学者、サトラー博士に微笑ましく見られたりしてました。

 そのグラント博士のライバルとして前作に登場したのが、本作の主人公、イアン・マルコム博士です。マルコムは、「子供っぽい大人」であるアラン・グラント博士に対し、すでに「成熟した大人」でした。サトラー博士に気さくに話しかけ、たやすく体に触れたりできて、グラント博士に嫌そうに見られたりしています。
 
 ところが、本作のイアン・マルコムは、「子供っぽい大人」になってしまってます。冒頭、恐竜を見たと発言して馬鹿にされているのです。そんなの普通、黙っているでしょう? 子供じゃないんだから。「子供っぽい大人」しか主役にできないスピルバーグの都合で、前作の人物設定がなかったことになっているのです。

 「これは、どうかな?」と思います。「まあ、大目に見ろ」と言われれば、引っ込めないでもないですが、前作「ジュラシック・パーク」の場合、アラン・グラント博士がラストのヘリコプターの中で、子供達とシートで眠りについてる姿を見せ、「彼は成長したんだよ」というメッセージがあるので、「子供っぽい大人」という人物設定に意味があると思うのですが、続編である「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」には、そんなメッセージが何もないのです。「それでは、何のための変更なんだ? ひたすら純粋に監督の都合というわけ?」と唖然となります。

 もちろん、人物設定の変更だけでクソ映画と言っているのではありません。 

 映画の展開も、何かおかしいんです。

 サイトBに恐竜が生き残っているらしく、恐竜事件が起きます。インジェン社のハモンド会長に相談を受けたマルコム博士は、最初は協力を拒むものの、恋人のサラが既にサイトBに行ってしまったことを知り、サイトBに行くことにします。
 そこでズタズタに引き裂かれたサラのリュックを発見します。

 サラを心配するものの、全く無事、元気ハツラツだったサラと再会します。(「クソ映画」に二度目の登場のジュリアン・ムーア)ズタズタのリュックを差し出すと「幸運のリュック」という曖昧な説明でごまかされます。
 (まあ、具体的に何が起こったかなんて、初めから何も考えていないんでしょうがね)

 そこへ、インジェンの社長が恐竜ハンターとともに訪れ、恐竜を捕獲し始めたため、妨害を開始します。

 恐竜の閉じ込められた檻を開けるという頭の悪ずぎる行為のため、恐竜ハンターのテントは大混乱。

 その後、マルコム博士たちの「恐竜探検隊ボーンフリー」のボーンフリー号に似た特殊車両が、ティラノサウルスに崖から落とされそうになり、サラがフロントガラスに叩きつけられ、パリンと割れ、薄氷のごとくパリパリ、ひびが入っていくのです。

 恐竜がいる島へ探検に行くため、特別に作られた特殊車両ですよね?

 防弾ガラスを使ってないのは、なぜ……?

 ちなみに、内容が大幅に違う原作にも似た場面があるのですが、やはり防弾ガラスを使っていて、割れたりしないんですよね……。(この場面でハラハラしてほしいというご都合主義だとは分かっていますが)

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 まあ良いとしましょう。

 マルコム博士達は、恐竜ハンターによって救われます。

 何とか窮地を脱したものの、一難去って、また一難です。

 恐竜を閉じ込めた檻を開けるという頭の悪すぎる行為により、ひどい目にあった恐竜ハンター達はさぞかし怒り心頭……と思いきや、ご都合主義神の奇跡か車は全滅したものの人の被害はゼロだったらしく、マルコム博士と呉越同舟、同行してくれると申し出てくれます。

 地獄に仏とは、まさにこのこと。仏様のような人たちです。

 だから、キャンプ中も休憩中も見張りも立てず、点呼も取らず、次々恐竜に襲われ、

 本当に仏様になってしまいます!!

 これって、どうよ……?

 (長くなったので、二つに分けます)

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「超星神グランセイザー」

 今回の「クソ映画」は「超星神グランセイザー」です。

 

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 「超星神グランセイザー」は映画ではありませんが「特撮」のカテゴリーに入れるのがイヤだったので、「クソ映画」として扱います。

 本当は、もっと早く書いても良かったのですが、どう書こうか悩んで、こんなに遅くなりました。
 もう一回、全部見直して、どこがどうおかしいか書いていこうかと思ってましたが、それでは時間がかかりすぎます。そこで諦めて、記憶で書いていきますね。間違いがあっても勘弁してください。

 グランセイザーとは何かというと、超古代文明の12星座の戦士です。

 超古代文明って、どのくらい昔だと思います? アトランティスは約1万2千年前です。「氷河戦士ガイスラッガー」のソロン王国は3万年前です。

 グランセイザーの超古代文明は、4億年前です。

 桁が4桁ほど違いますね。

 4億年がどれくらい昔かピンと来ないという人は、1万円札を1枚用意してください。それ1枚が1万年という時間の長さだと思ってください。定規で測ってみると、1万円札1枚の長さが約15センチです。つまり、1万年は約15センチほど昔、というわけです。後は小学生でも計算できますね。アトランティスは、1万円札1枚と5分の1ほどの長さ、18センチほど昔というわけです。ソロン王国は1万円札3枚ほどの長さ、45センチほど昔。

 グランセイザーの4億年は、1万円札を4万枚横一列に並べた長さです。

 約15センチ × 4万 = 60万センチ → 6キロ

 ……。

 私も詳しくないのですが……、4億年前の地球ってどんな状態だったのでしょうね。
 恐竜が闊歩していた中生代通り越して古生代だったと思いますが……。

 OK……。超古代文明があったという話です。水瓶や天秤があったって別に不思議ではありません。

 牡牛とか山羊がいたら、スゲー不思議だがな!!

 アノマロカリスやオパビニアがいた時代だっつーの。

 

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 ああ、それから……、天文の知識のある人で、「あれ、この人知らないのかな? もっと早く突っ込むところあるじゃん」とか思ってる人がいるかもしれませんが、知ってます。

 早い話が星は動くんです。動いて現在の位置にあるのです。

 4億年前に12星座なんかないんです。

 ……。

 「超星神グランセイザー」のシリーズ構成、脚本を担当している人間は、大川俊道と言います。

 この男は何を考えていたのか? 多分、何も考えていません。いい加減な仕事をしてるだけです。

 「超星神グランセイザー」の脚本を書いている大川俊道が、いかにいい加減な仕事をしてるか理解できましたよね? まさか、まだわからないという人はいませんよね?
 
 では今から、もっと酷かったということを説明しましょう。

 「これ以上、どうやって?」と思った人、簡単ですよ。

 番組開始1分「数億年前の超古代文明~」という超いい加減なナレーションがあるんです。

 つまり、「超星神グランセイザー」を作ってる人間がいかにいい加減な仕事をしているかは、開始1分のナレーションを聞けばわかるんです。

 何億年前(せめて何万年前と書きたい……)の超古代文明か全く決めてなくて、具体的に数字を書かなければならなくなった時、適当に4と決めたんです。私は「超星神グランセイザー」の脚本とシリーズ構成が大川俊道だと聞いた時、「もうダメだ」と思いました。ここまでひどいとは予想外でしたが。てっきりスポンサーだったコナミが設定だけはちゃんと作って「これでやってください」と渡して、大川俊道がダメにしてしまうと予想していたのですが、設定作りから大川俊道に任せてしまうとは思いもよりませんでした。

 大川俊道の馬鹿は設定作りも全くせずに適当に書き始めたのです。

 はっきり言いますが「あぶない刑事」なんぞでデビューした馬鹿に、まともなモノなんか作れるわけがないんです。「まだまだあぶない刑事」の時、舞台挨拶で舘ひろしは「七年ぶりに恭サマの顔を見たら台本への不満も吹き飛んだよ」と言いました。台本への不満をこっそりですが、打ち明けていたのですよ。「まだまだあぶない刑事」の台本を書いたのは、柏原寛司と大川俊道の二人です。

 それで、私は後から知ったことなんですが、最後までシリーズ構成のテロップは外されてませんが、大川俊道は他のスタッフともめて「超星神グランセイザー」のシリーズ構成を途中降板してるそうなんです。

 そりゃもめますわな。番組開始1分で「数億年前の超古代文明~」ですからねえ。

 「お願いですから、マジメにやってくださいよ!!」なんてことがあったに決まってます。その結果が「4億年」じゃ他のスタッフがブチ切れて追い出しにかかるのは当然です。当然の義務と言って良いことです。(仮に1億年前だとしても恐竜時代なので牡牛や山羊なんていないし、12星座もありませんけどね。しかも魚座の戦士、セイザーパイシーズのデザインモチーフはシャチ。哺乳類じゃん……。さらにグランセイザー達は胸に占星術のマークをつけているんです。4億年前の超古代文明と占星術と何の関係が? オレが知るか!! 突っ込みどころ満載で突っ込みきれないんですよ)
 なぜ、シリーズ構成のテロップを外さなかったんでしょうね? 他のスタッフが「名前だけは残しといてやるから、とにかく出てけ!!」と思ったか、大川俊道が「俺の名前だけは消すんじゃねーぞ」とぬかしたかは知りませんが、後半はマトモだったのかもしれません。最後までシリーズ構成のテロップが外されてなかったため、「脚本を大川俊道が書いてなくても、こいつの息がかかっていたんじゃ仕方ない」と後半もマトモに見てなかったのでわかりませんが。
 ウイッキの記述を見ると、伝通院先生の行動、言動がデタラメで人気だったということが書いてありますが、大川俊道がいい加減だっただけです。

 それで、「超星神グランセイザー」の最終回は大川俊道が復帰して書いてます。他のスタッフは「最後の面倒くらい見ろ!! 俺達、次の仕事で忙しいから!!」とか思ったのでしょうか?

 そしたら、こいつ何をしやがったか……?

 実はそれまで雨宮涼子(セイザーヴェルソー)と秤谷仁(セイザーダイル)が恋愛フラグを立ててたのですが、最終回のラストのラスト、おまけみたいな部分で雨宮涼子は松坂直人(セイザータウロン)と結婚することがわかるんです。

 このあいだに何があったのか?

 何もありません!!

 「こんな風にしとけば見てる人間が、「この間に何があったんだろう?」と想像して笑う」といういい加減な理由でこんな風になっているだけです。

 こいつ最後の最後で他のスタッフが立ててきた恋愛フラグ台無しにしやがった……。監督も、脚本に書いてあったからといって、こんなシーン撮ることないでしょうに、他のスタッフも作品を投げていたのか?

 まあ、わかりませんけどね。シリーズ構成追い出された腹いせにこういうことしたのか、ただいつもやってるように「ハイハイ」とこういうことしたのか。

 はっきり言えることは、「アメーバ並の馬鹿だった場合の方が人間としては上等」と言うことです。

 全く、こんな奴が未だに日本テレビの新作「ルパン三世」の脚本を書いてるなんて信じられませんよ。私は面白いわけがないと思って見てないんですが、面白いんですかねえ? 「面白いなら見てればよいけど、つまらないなら見るのを止せば?」と思います。惰性でダラダラ見るからつまらないものが作られ続けるのですから。

 

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 それから「超星神グランセイザー」の設定がデタラメだと書きましたが、そのデタラメな設定の辻褄合わせに果敢に取り組んだ人がいます。「超星神グランセイザー超全集」のスタッフです。……全然合ってないんですがね……。彼の力不足を責めるのは筋違いです。(ついでなんですが、「超全集」では「グランセイザーは強化服」だと説明されてますが、第一話では「私の本当の姿を見られたくないの」なんてセリフがあります。強化服なら、服着てるんだから本当の姿じゃねーじゃん……。実は強化服か、体が変貌(メタモルフォーゼ)してるのかの設定なんかないまま、大川俊道がそれっぽいセリフを書いただけです。だから「超全集」の記述と矛盾してるのです)

 

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 すべてはいい加減な仕事をした大川俊道の責任です。

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「跳人バビューン」

 今回のクソ映画は「フォーガットン」。

   

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 この映画を見た人は、「ああ、これについて書くのか……」と思うでしょう。「跳人バビューン」は、私が勝手につけた邦題です。映画見た人は、これで納得するでしょう。

 オチが全ての映画です。

 「夢オチ以下」と評した人もいますが、全くその通りだと思います。

 「オチ見て驚け」と言いたい。

 「クソ映画」は、「こんな映画を見てはいけない」という主旨で書いていますので、ネタバレもありです。ですが、「オチが全ての映画」ですから、オチについてばらすわけにはいきません。

 とにかく、「見て驚け」としか言いようがありません(笑)。
 上映終了後、観客はザワザワと苦笑いして立ち上がりました。

 みんな、何を考えていたのでしょう(笑)?

 私と同じに「ありゃねーだろ……(笑)?」とか思っていたのかも知れません。

 改めて見てみると、伏線もちゃんと入ってるんですがねえ(笑)。

 空撮が多かったり、雲が変な形をしていたり……。

 2004年の映画なので、そろそろ地上波で放送されるかもしれません。

 その時は、必見です。珍作なので「ガッカリした」とか言われても困りますが……(笑)。

 前半は、まともなんですがね。

 主人公は一年ほど前に最愛の一人息子を飛行機事故で亡くし、いまだ立ち直れない女性。ある日、彼女は家族写真から息子の姿だけが消えているのを見て驚愕する。そんな妻に夫や精神科医は、「息子なんて最初からいなかった」と告げる。だが、彼女は息子が確かにいたという証拠を見つける。誰かが息子をいなかったと、彼女に思わせようとしているのだ。誰が、何のために……?  そんな事ができるのは何者なのか……?

何で今頃、この映画の企画が通ったのかわかりません。1960年代なら分からないでもないですが、多分、多分ですが、脚本家が脚本を書き始めた時、先の展開を考えてなくて、意外な展開を考えてたら、この展開に行きついちゃった、という感じじゃないでしょうか?

 主演はジュリアン・ムーア。「ハンニバル」でジョディ・フォスターの代わりにクラリスを演じた人ですねえ。後にジョディ・フォスターも娘がいなくなる母親を演じた「フライト・プラン」なんて映画があります。「フライト・プラン」の方はまともです。あまり面白いというわけではないですが。いたはずの人が突然いなくなり、周囲の人間もその存在を否定するという映画にアルフレッド・ヒッチコックの「バルカン超特急」があります。
 
 この三本の中でのおススメは、やっぱり「バルカン超特急」ですね。

 

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「四姉妹物語」

 今回のクソ映画は「四姉妹物語」。1995年の映画です。クソ映画について書く時は、もう一度見て書くことにしているのですが、今回も見ないで書きます。この作品のビデオの置いてあるレンタルビデオ店がないもので。DVDの発売を待つ気にもなりません。こんなもののDVDを発売しないでください。地球の貴重な資源を無駄使いして、産業廃棄物を作り出さないでください。お願いします。

 脚本を書いたのは大川俊道。私はこいつを「柏原寛司の手下」と呼んでおります。なぜかというと「あぶない刑事」でデビューして、柏原寛司の名のあるところ、必ずと言ってよいほど、こいつの名もあるからです。

 「「あぶない刑事」なんぞでデビューした柏原寛司の手下風情にミステリー映画のシナリオが書けるのかねえ?」と見に行ったのですが、答えはもちろん「書けません」でした。

 花嫁の控室から飛び出した男と、ビデオカメラを持った女の子がぶつかるんですよ。花嫁の控室を覗くと、花嫁が刺殺されてるんです。誰がどう考えても一番怪しいのは、花嫁の控室から飛び出した男ですよね? この男が、そのまま犯人だったら笑っちゃうでしょう? 

 犯人、こいつです。

 一番怪しい奴が犯人と見せかけて、別の人間が犯人……、と見せかけてやっぱり一番怪しい奴が犯人……、というひねりも何もなく、ただ一番怪しい奴が犯人なんです。

 あ~、それから……、「ビデオに犯人が写ってるんじゃないか?」と思った人もいるかもしれませんが……、写ってます。

 花嫁の控室から飛び出した一番怪しい奴が犯人で、その姿がビデオに写ってるんです。

 それじゃ映画がすぐ終わっちゃうじゃないかって?

 心配ご無用。

 映画の登場人物は、誰一人として「花嫁の控室から飛び出した男」が怪しいと一切考えないため、事件はなかなか解決しませんから!!

 なぜ、そう思わないかって?

 さあ? ものすごい馬鹿なんじゃないかなあ!?

 事件が起きる前に、花嫁が主人公の清水美砂の方を何か意味ありげな視線でチラチラ見るんですよ。もう本当にチラチラ見るんですよ。すっげーチラチラ見るんですよ。なんで、こんなに強調するかと言うと、もう本当にすっげーチラチラ見るからなんです。にもかかわらず、清水美砂はそれに全く気づかずワーワーキャーキャー騒ぎながら、花嫁を見てるんです。……、念のために言っておきますが、清水美砂がワーワーキャーキャー騒いでる所をチラチラ見るんじゃないですよ? 花嫁がチラチラ見てるのを、ワーワーキャーキャー騒ぎながら見てるんですよ!

 それで、なんで気がつかないのかって?

 「さあ? ものすごい馬鹿なんじゃないかなあ!?」と書いてあるだろう!! オレにもわかんねーよ!!
 (だから、それを確かめるためにも、もう一度見たかったんですけどね)

 それから後になって清水美砂が回想するんです。「お姉ちゃん、なんで気がつかなかったんだろうね……」としんみり語るんです。脚本を書いた大川俊道としては、この場面を見た観客が「本当だ……、主人公はなんで気がつかなかったんだろう……、かわいそうに……」と思うと思ったらしいんです。そんな気分には全然なれません。「本当だよ!! なんで気がつかないんだ!! この女、馬鹿か!! 被害者もなんでこんな馬鹿を選んで、何かを訴えようとしてたんだ!! てゆーか、オメーの妹のビデオ見ろよ!! それに犯人写ってるから!!」って気分になります。

 それで、「いつになったらビデオ見るんだ……?」と念力を送りながら見ているんですが、最後の方まで全然見ないんですよ。

 それじゃ、その間何やってるのかというと、「こいつら、何やってるの?」と思うような脈絡のないことばかりやってるから、何をやってるのか記憶できないのです。本当に、この登場人物たちは何を考えてるんだか……?
 (だから、もう一度見たかったんですが)

 脚本書いてる人間、大川俊道の気持になれば、わからないこともないんですけどね。

 ミステリー映画のシナリオの書き方なんかわからないから、初めと終わりだけ決めて、その間を適当な芝居で埋めたら、脈絡がなくなっちゃったって。

 それでも最後が「ひょっとしたら、ビデオに何か写っているかも?」だったり、「ああ、ヒマだからビデオ見よ!」だったりしてビデオを見たら、こっちも少しは納得します。(するのか……?)それが、いきなりスクリーンにビデオ見ている今村雅美の姿が映って、「ああ! 大変。犯人、この人だわ!!」だって!!
 (「いくらなんでも、そりゃねーだろ!!」と思う人もいるかもしれませんが。だから、もう一度見て確かめたかったんです)
 
 ふざけんな!! この野郎!!!!

 それで、清水美砂が犯人の元に、すっげー謎を解いたかのごとく深刻な顔して「あなたが犯人だったんですね……」などと言います。
 犯人は、花嫁の控室で花嫁と揉み合ったら、つい刺してしまって逃げ出した、なんて話をします。
 そんなに潔いなら、とっとと自首しろ、この野郎!!
 刺した理由なんですが、それが思い出せない……。頭に血が上りすぎてたかな……?
 (だから、もう一度見て確かめたかったんですが)

 一応、これ書く前に、他の評判を調べてみたのですが、ボロクソですね。これなんか、代表例です。

 http://www.eiga-kawaraban.com/95/95022201.html
 
 中には、ほめてる人もいるんですけどね。「犯人当てに失敗した」って人が。この人、一体誰と間違えたんだろう? 
 そりゃ現場から逃げた男が竹中直人だったりしたら、「いくらなんでも、こいつが犯人ってことはねーだろ!!」と思うかも知んねーよ? でも、それがそのまま竹中直人が犯人だったとしたら、「裏かかれた!!」と思う奴いる? 「作った奴、バットで100発くらい殴らせろ!!」と思うのが普通じゃないだろうか?

 「もう一度見て確かめたい」と何度も書きましたが、こんなもんのDVDなど絶対、発売しないでください。地球の貴重な資源を無駄使いして産業廃棄物を垂れ流さないでください。地球の温暖化を進めるようなことしないでください。お願いします。

 しかし、柏原寛司の手下、大川俊道にシリーズ構成などという重要な仕事をさせてしまって地球温暖化を進める産業廃棄物と化した「超星神グランセイザー」という特撮番組があります。
 
 これがまた酷い。実は番組開始1分で、それがすぐにわかるという酷い代物なんです。
 これについては、また別の機会に。

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「デビルマン」

 本当は別の映画で書き進めていたのですが、本日3月14日、深夜(正確には3月15日、午前1時50分から)にテレビ放送される事がわかったので、予定を変更して、「デビルマン」について書く事にしました。

 

デビルマン DVD デビルマン

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 「CASSHERN」でさえ「日曜洋画劇場」枠で放送されたというのに、ひっそりと深夜枠でとは、何なのでしょう、この扱いは。やはり、何か意味があるのかと勘ぐってしまいますね。
 出来を知っている人は、「そりゃ当然だろ!!」と思うのかもしれませんが。
 やはり、この扱いはないよなあ、と思ったりします。
 
 監督は那須博之。「ビーバップ・ハイスクール」シリーズをヒットさせました。
 
 しかし、私は基本的にヤクザ映画や不良が主役の映画が好きではないために、「ビーバップ・ハイスクール」を見たことがありません。

 ただし、「地獄堂霊界通信」を見ました。感想は、「この人、「ビーバップ・ハイスクール」しか撮れないんじゃないか?」と言うものです。

 

地獄堂霊界通信 DVD 地獄堂霊界通信

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 初日に見たのですが、客が私以外に小学生が4人。翌週、映画館の前を通ったら、アニメ「スレイヤーズ」と併映になってました。余程、客が入らなかったものと見えます。これは出来が悪かったというより、企画が悪かったと思いますが。(ただし、映画の方も出来が良いとは言えませんが)

 さて、映画「デビルマン」ですが、内容については、「また、今度」とさせていただきます(笑)。

 だって、なにがどう酷いかなんて、書いても書いても書き足りないほどの映画ですからねえ……(笑)。

 ネタがありすぎる(笑)。だから、今まで書かなかったのです。

 そこで、今回は映画「デビルマン」を見た時に作った替え唄を書きます。

 なんだかお茶を濁してる感じがしますが、まあ映画本編については、また暇なときに……。

 あれはダメだ、ダメだ、ダメだ、
 あれはデビル、「デビルマン」「デビルマン」

 「あれは酷い」の噂を聞いて、興味を持って見に行った映画
 アクションシーンが下手すぎる
 ロケ地を近場で済ましてる
 シーンごとに設定違い
 ストーリーがわけわからん

 悪夢のように酷すぎる、最低映画だ、「デビルマン」「デビルマン」

 駄作を見たのは、人の倍、覚悟を決めて見に行った映画
 主役のセリフが棒読みだ
 子役の演技が一番うまい
 豪華なゲストが意味不明
 同じシーンで天気が違う

 悪夢のようにヘボすぎる、最低映画だ、「デビルマン」「デビルマン」

 誰も言わない、言う気になれない
 「デビルマン」がダメなのを
 何も言えない、語る気になれない
 「デビルマン」がダメなのを
 このほかになにがある
 これ以下のクソ映画
 この最低のクソ映画以下の映画
 底の底だよ「デビルマン」、底の底だよ「デビルマン」

 誰も言わない、言う気になれない
 「デビルマン」がクソなのを
 何も言えない、語る気になれない
 「デビルマン」がクソなのを
 もうこれで語れない「スペゴジ」がクソなのを
 この最低のクソ映画、見た今では
 底の底だよ「デビルマン」、底の底だよ「デビルマン」

 まあ、実際には、いろいろな人があちこちで言いまくってますがね。

 「スペゴジ」と言うのは「ゴジラVSスペースゴジラ」のことです。
 「スペゴジ」についても、いつか語ります。

 (2009年4月13日 追記)

  録画したまま、長い間ほったらかしておいた3月14日の深夜に放送された「デビルマン」のビデオを見ました。
  「ほわわわわん!!」のシーンと、ストーカーの件がカットされてますな。
  本篇について書く時、このビデオを参照しようと思っていたのですが、これでは参考になりません。
  本篇について書く時は、改めてDVDを借りることになりそうです。

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「メガフォース」

 警告!! 今回は、映画「メガフォース」のラストのネタバレがあります!!

 ただし、クソ映画として紹介しますので、そのつもりで。

 私がガキの頃、「独占! 女の60分」という番組がありました。

 その名の通り、女性レポーターばかりの番組で、水の江瀧子が司会でした。

 四半期に一回、映画特集をして、私はそれが楽しみで、よく見てました。

 その中で覚えているのは、「アンタッチャブル」と「機動戦士ガンダムⅡ哀戦士編」と「恐怖の蛇人間・スネーク」と、今回語る「メガフォース」です。

 「アンタッチャブル」は、オペラ鑑賞しているロバート・デ・ニーロ演ずるカポネが、ショーン・コネリー暗殺の報告を受けて、涙を流しながら笑うシーンを、「憎々しいですねえ」と女性レポーターがコメントするシーンを覚えてます。

 「機動戦士ガンダムⅡ哀戦士編」は、「最近のアニメは大人向けになり、内縁の妻なんて言葉が出てきちゃう」なんてクラウレ・ハモンを紹介してたのを覚えてます。

 「恐怖の蛇人間・スネーク」は主人公が半蛇化して、手術台の上にデンと置かれているシーンを覚えているだけです。実はタイトルも覚えてなくて、今、適当につけました。検索しても出てこないでしょうね。
 こんなの「ただ覚えていた」というだけで、どうでもよいのです(笑)。

 そして、今回語る「メガフォース」です。

 「メガフォース」の内容をほぼ説明して、ラスト、飛び立つ輸送機に乗り遅れたメガフォース隊長、エース・ハンターがバイクで追いかけてくるシーンでVTRが終わり、女性レポーターが「さあ、輸送機に乗り遅れたエース・ハンターはどうするのでしょうか!?」と言いました。

 すると司会の水の江瀧子がデカい声で言いました。

 「わかった!! バイクから羽が生えて空を飛ぶんだろ!!」

 女性レポーターは「それは申せません!!」と言いました。

 それ以来、私の心の奥底に「メガフォース」のラストが引っ掛かっていたのです。

 「バイクから羽が生えて空を飛ぶのでなければどうするんだろう?」と。

 それから、10年以上たったある日のこと、レンタルビデオ店の片隅に「メガフォース」のビデオを見つけました。長年、引っ掛かっていた「メガフォース」のラストの秘密を解く時が来た、と思いました。

 私はレンタルして、ビデオを見ました。

 問、輸送機に乗り遅れたエース・ハンターは、バイクから羽が生えて空を飛ぶのでなければどうするのでしょう?

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 答、バイクから羽が生えて空を飛ぶ。

 ……。

 いや、水の江瀧子に腹を立てる気にはなりません……。

 映画の内容について詳しく知りたければ、例によってこの本を読んでください。

 

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 最後に御唱和を。

 「正義は勝つのさ、80年代でも」

 そして、内海賢治の声で。

 「悪いことをすると、メガフォースが来るぞ~」

 何のことかわからん人は、わからなくていいです。

 (ちなみに上で書いた「恐怖の蛇人間・スネーク」の正式タイトルがわかりました。「怪奇! 吸血人間スネーク」です。うろ覚えで適当につけた割には近いですね。原題は「SSSSSSS」だそうです。……これも相当にクソ映画っぽいですね)

 

 

 

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映画「漂流教室」の思い出

 私がガキの頃、「漂流教室」映画化の記事を新聞で見て、「やった!!」と喝采を上げたものです。

 しかし、次の瞬間、悲鳴を上げました。

 「監督、大林宣彦~っ!?」

 楳図かずおと大林宣彦。

 ガキでもわかるアンマッチに、私の心は不安という黒雲に覆われていったのです。

 次に「インターナショナルスクールに舞台を変えて……」、という露骨に海外セールスを狙った設定の変更にブチ切れました。

 映画「漂流教室」は私の興味の範囲外にすっ飛んで行ってしまったのです。

 ですから、映画公開当時の評判が、どんなものだったかは全く知りません。

 その間、テレビのワイドショーで、メイキングを見たことがありますが。
 なんか、パニック起こして興奮する友人をビンタして、落ち着かせるという定番のシーンでした。

 それが、テレビ放送されるとわかれば興味もわきます。

 ところが。

 当時、報知新聞に月に一回、映画評論家の品田雄吉氏が、その月にテレビ放送される映画全てにA~Dの4段階評価をつけるという企画があったのです。(WOWOWの登場でなくなりました)
 Aがいくつかあって、ほとんどBかCにランクされ、Dは皆無の回がほとんど、という非常にあっま~い評価でした。

 にもかかわらず、映画「漂流教室」はD評価を受けていたのです。

 仮にも大林宣彦の映画です。
 日本の名監督の一人です。

 「これは相当、自信を持ってつけた評価だな……」と考えた私は、間違ってるでしょうか?

 今なら、即「見る!!」と結論を出すのですが、当時は見る気にはなりませんでした。

 映画「漂流教室」は、また興味の範囲外にすっ飛んで行ってしまったのです。

 脱線しますが、この時、D評価を受けた映画をもう一本覚えています。
 少年隊主演の「19(ナインティーン)」という映画です。
 てゆーか、この企画、二年ぐらい続いたのですが、D評価を受けたのは、この二本しかなかったような……。

 だから、今でもしつこく覚えているんじゃないかな……。

 「19(ナインティーン)」を撮った監督、山下賢章氏はその後、「ゴジラVSスペースゴジラ」という駄作を撮ります。私のゴジラ、ワースト5は下から順に「VSスペースゴジラ」「2000」「×メガギラス」「ゴジラ85」「対メガロ」です。

 さて、そんな風に興味の範囲外にすっ飛んで行った「漂流教室」ですが、興味が戻ってきたのは、この本を読んだからです。

 

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 この本を読んだ私は、興味本位で「漂流教室」をビデオで見ました……。

 その感想は「凄まじい……」の一言につきます。

 私は10分で顔が半泣きになりました。

 (映画本編の詳しい感想は、ビデオを再見して、その内に書きます)

 (2008年2月26日追記)
 残念なお知らせです。そろそろ映画「漂流教室」の感想を書こうと、レンタルビデオ店にビデオを探しに行ったのですが、どうしても見つかりません。どうも撤去されてしまったようです。そのため、その内に、のつもりでしたが、記憶で書いて、間違いがあるとイヤなので、当分、無理と言うことになりました。すみません。

 

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「ゴジラ対メガロ」

 1973年に作られた、ゴジラシリーズ第13作。昭和ゴジラシリーズ中最低と呼ばれるクソ映画です。

ゴジラ対メガロ DVD ゴジラ対メガロ

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発売日:2004/06/25
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 特殊技術を担当した中野昭慶氏によると、何かの穴埋めのために3週間で作ったそうです。

 そら駄作になるわな。

 ……。

 ああ、いきなりオチ、書いちゃった!!

 でも、3週間じゃなあ……。

 湯浅憲明監督の評伝「ガメラを作った男」に、「ガメラ対バイラス」の時は、予算を「ガメラ対ギャオス」の時の三分の一に減らされたから、撮影期間も「ガメラ対ギャオス」の時の三分の一の25日で撮ったという話が載ってます。
 「ガメラ対バイラス」の場合、予算が三分の一だから、期間も三分の一にしましょう、という話ですが、「ゴジラ対メガロ」の場合、とにかく3週間で上げろという話です。
 「ガメラ対バイラス」より短い21日あまりですから、クオリティが下がって当然だもんね。

 出来の方はともかく、作り上げたことを褒めてあげて良いのでは(笑)。

 このクソ映画について書くつもりだったのですが、念のために検索してみたら、こんなに詳しく考察しているページが見つかってしまいました。

 http://www.ne.jp/asahi/nob/co/tamaki/topb51b.htm

 ここまで、書かれると私が改めて付け加える事がなくなってしまうのですよね。

 困った……(笑)。

 書くことないなら、書かないのが一番でしょうかね?

 というわけで、今回もこれでおしまいです。

 福田純監督はスパイアクションが撮りたかったらしく、前半はスパイアクションの体をなしています。
 怪獣映画というジャンルを利用して自分が撮りたかったスパイアクションを撮っているわけです。
 怪獣映画を撮って欲しいですね。(「エスパイ」とか「100発100中」なんてのがあるんですが)

 メガロのダム破壊シーンは一点豪華主義で、よく出来てます。水の勢いが強すぎて、中に人が入っているのにメガロが流されちゃってます(笑)。普通ならNGでしょうに、そのまま使ったのは時間がなかったのでしょうか? わかりませんが、中の人は大変でしたでしょう。

 クエンティン・タランティーノの「キル・ビルvol2」で、埋葬されたユマ・サーマンが地上に出るシーンは、メガロがシートピアから地上に出るシーンをマネして撮ったそうです。ホントかウソか知りませんが、確かに似てるのよね。

 ジェットジャガーが巨大化するシーンなんか、何度見ても笑えます。こう書くと見所満載だな(笑)。

 問題は、「ゴジラ対メガロ」にあるのではなく、「ゴジラ対メガロ」以上の予算と撮影期間に恵まれながら、柏原寛司や吉田剛のようないい加減な手抜き仕事をする人間のせいで、「ゴジラ対メガロ」以下のクソ映画が存在するということの方でしょう。

 こんな映画を撮らされる羽目になった福田純監督も内心、忸怩たる思いがあったはずです。その複雑な心情を吐露してほしかったのですが、残念なことに2000年に亡くなられてしまいました。

 それとも、この本に書かれているのでしょうか?

 

東宝映画100発100中! 映画監督福田純 Book 東宝映画100発100中! 映画監督福田純

著者:福田 純,染谷 勝樹
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 その他の福田純氏が撮ったゴジラ映画も、クオリティが低いのですが、その福田ゴジラをリスペクトした映画が北村龍平によって作られました。「ゴジラ・ファイナルウォーズ」です。私は、これが嫌いじゃないです。

ゴジラ FINAL WARS スタンダード・エディション DVD ゴジラ FINAL WARS スタンダード・エディション

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発売日:2005/07/29
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 ま、この映画についても、いつか書くかも……。

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「さよならジュピター」の思い出

 クソ映画について書くときは、キチンともう一度見直して、書くことにしていますが、今回も見ないで書きます。なぜなら、「さよならジュピター」がクソ映画であることは、もはや周知の事実であって、今更、私が書かなくても、わかってることなんですから。(眠田直曰く「日本SF史上に残る爆笑の珍作」)

 じゃ、なぜ書くかというと、私もやはり言いたいことがあるからです。だから、タイトルは「「さよならジュピター」の思い出」なんですね。「さよならジュピター」という映画について書くのではなく、思い出について書くので。映画について、詳しく知りたい人は、山本弘さんがこの本に書いています。

 

底抜け超大作 (映画秘宝コレクション) Book 底抜け超大作 (映画秘宝コレクション)

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 私がガキの頃(多分、1978年頃)、親が買ってきた週刊誌だかに、映画プロデューサー、田中友幸のインタビューが載ってました。「「スターウォーズ」に対抗して、宇宙を舞台にしたSF映画の企画を考えている。小松左京にも原作を頼んだ。ゴジラも復活させようと思っている」と書いてありました。

 アホかと思いました。

 説明必要ですか? 「スターウォーズ」に対抗して、小松左京は誰がどう考えても間違ってるでしょう?
 「スターウォーズ」に対抗するなら、「クラッシャージョウ」の高千穂遥でしょう?

 「小松左京も、自分に何を期待されてるかわかっているなら、断って高千穂遥を紹介すれば良いのに、なぜ紹介しないんだ?」と思いました。

 もっとも、後で知ったことですが、高千穂遥も「さよならジュピター」の企画会議に(当たり前ですが)加わってはいたそうです。その結果、どうなったかは「底抜け超大作」に書いてあります。

 そして、小松左京が田中友幸から宇宙を舞台にしたSF映画の企画を持ちかけられた時のことは、この本に少しだけ、書かれています。

 

SF魂 (新潮新書) Book SF魂 (新潮新書)

著者:小松 左京
販売元:新潮社
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 小松左京も、自作のSF大作を映画化するという誘惑に耐えられなかったんでしょうねえ……。

 今考えれば、田中友幸の考えていたことは、よくわかります。田中友幸の構想では、小松左京のSF大作でドーンとヒットを取って、「ゴジラ」の新作でドーンとヒットを取って、さらに続けてドーン、ドーンと行こうと考えていたのでしょう。
 でも、私の考えでは、「スターウォーズ」の便乗で良いから、宇宙を舞台にした、映画をチョコチョコ作って、小金を貯めてから、SF大作に手をつけるべきだと思いました。(もっとも、便乗作も二本作られていたんですがね。「惑星大戦争」と「宇宙からのメッセージ」。これらについてもいつかは語るかも知れません。語らないかもしれません)

 さて、それからですが、なんの音沙汰もなくなってしまったのですよ。

 「あれはどうなったか?」と思い始めた1983年頃、私からすれば突然に「さよならジュピター」の企画が雑誌に取り上げられたのです。「ああ、これか」と思い当りました。小松左京が原作を書くのに、4~5年かかってしまったのですね。

 当時の「宇宙船」なんかでは、かなり盛り上がっていたようですね。漫画家のとり・みきなんかも期待を寄せていたようです。
 しかし、私は冷めていました。「スターウォーズ」に対抗して、「2001年宇宙の旅」に対抗するような映画を作ってどうすんだ? 辛気臭い、やたら重厚なだけのつまらない映画が作られるだけだと思っていました。
 ですから、公開後の評判についても、全く気になりませんでした。

 上映直後の評判が、どんなだったかは全くわかりません。

 こんな風に全く興味のない「さよならジュピター」でしたが、一年後、テレビで放送されるとなれば、ちょっとは興味もわきます。見てみることにしたのです。

 確か木曜の7時からフジテレビで放送されました。

 その内容は……、私の「辛気臭い、やたら重厚なだけのつまらない映画」という想像をはるかに超える、それこそ想像を絶する、酷い代物だったのです……。

 「底抜け超大作」の山本弘さんの文章を引用すると、

 例えば映画の最初のほう、JS計画本部のある宇宙ステーション〈ミネルヴァ〉にジュピター教団のメンバーが乗りこんできて、妨害工作を行う。その妨害というのが、基地内でプラカード掲げてビラをまきながら、棒でそこらの機械を叩きまくるという原始的な方法。気分はほとんど70年安保(こいつら、このためだけに地球から七十五日間も宇宙船に乗ってきたんだよな……)。

 例えば、未来世界を彩る小道具の数々。宇宙飛行士が食べるマクドナルドのハンバーガー、英二の机の上にあるゼンマイのおもちゃ、持ち主を追って自走するスーツケース、自動演奏するハーモニカ……これらは、画面の隅にちらっと映っていたなら、さぞかししゃれていたことだろう。
 ところが、この映画の作り手は「どうです! しゃれているでしょう!?」と言わんばかりに、画面にドアップで映してしまうのだ。しゃれた小道具が一瞬でダサくなる(ハンバーガーを食べるシーンなんて、本篇から浮いていて、いきなりマクドナルドのCMが始まったのかと思った)。

 私は自走するスーツケースが大写しになったのを見て、前述の妨害工作のシーンがあったため、そのスーツケースに爆弾が仕掛けられているという伏線だと思って、食い入るように見てましたよ。ところが、そのスーツケースを、ただ単に見せたいだけと気がついて「何考えてんだ?」と愕然としました。

 極めつけは、これでしょう。

 砂浜でイルカの死体を囲み、涙ぐむ一同。
 と、ピーターが泣きながらボロロンとギターを爪弾き、歌い始める。
 ♪君は~、とても~、大きくて~
 どひーっ、恥ずかしい! やめろーっ!

 うひーっ、恥ずかしい! やめろーっ!

 私は即座にテレビのチャンネルを変えました……。
 その後、20分ほど展開を知りませんが、今にいたるも確かめる気になりません……。
 私はテレビで見たから、チャンネルを変えて逃げることができましたが、映画館で見た人はどんな気分だったのでしょう……。ほとんど拷問だったのでは……?
 (だから、見ないというわけではありません)

 総監督は小松左京氏で、共同監督は橋本幸治氏です。
 橋本幸治氏は、次の「ゴジラ」で単独で監督を務め、名誉挽回、失地回復のチャンスだったのですが、これがまた酷い映画で……。
 橋本幸治氏は「自分に映画を撮る才能はない」と気づいてしまったらしく、最後まで映画の仕事に携わっていたようですが、さっさと映画監督をやめてしまいました。

 橋本幸治氏に映画を撮る才能はなくても、映画を見る目があったことを証明する事実があります。

 「と学会白書」という本で、唐沢俊一氏が橋本幸治氏と酒を飲む機会があって「さよならジュピター」の話になって「小松左京さんは、歌を三曲作ったんだけど、俺が二曲つぶしたんだよ(笑)」という話を聞いたと書いてありました。
 橋本幸治氏が加わっていなかったなら、もっと酷かったのかも……(笑)。

 橋本幸治氏は、残念なことに、2005年に趣味の登山中に倒れ、亡くなられました。

 残念と書いたのは、皮肉でもなんでもありません。
 いろいろ、間が悪いこともあったのでしょう。

 訃報を聞いた時は、なんとも複雑かつ痛ましい思いをしました。

 橋本幸治氏の、ご冥福をお祈りします……。

 「惑星大戦争」も「宇宙からのメッセージ」も駄作というほど駄作というわけではありません。私が酷いものを見過ぎているせいかもしれませんが。特に「宇宙からのメッセージ」のほうはカルト作として、注目されてるかもしれません。(これって誉めてるのか(笑))

 今度、宇宙を舞台にしたSF映画を作るなら、このシリーズにしてほしいですね

 

ヴェイスの盲点―クレギオン〈1〉 (ハヤカワ文庫JA) Book ヴェイスの盲点―クレギオン〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

著者:野尻 抱介
販売元:早川書房
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 いかん、いかん。

 映画は駄作でも、小説は傑作だそうです。(読んでないけど)

 さよならジュピター〈上〉 (ハルキ文庫)

 さよならジュピター〈下〉 (ハルキ文庫)

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帝都物語外伝

 1995年の映画です。

 

帝都物語 外伝 DVD 帝都物語 外伝

販売元:ジーダス
発売日:2006/04/28
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 批判をする時、調査不足による間違いがあってはいけません。
 自分の勘違いによる、間違った批判をしてはいけないのです。
 (当たり前ですが)

 ですから、今まで「クソ映画」について書いてきた時は、ちゃんともう一度見直しました。
 映画をもう一度見直して、記憶をメインにして書いた文章の間違いに気づいたら、修正したり、曖昧な部分は取り消しました。
 ですから、「沈黙のテロリスト」も「必殺! 主水死す」も「ゴジラ×メガギラス」も、もう一度見直しました。
 些細な記憶違いに気づいたりしたので、もう一度見直して「良かった」と思います。

 しかし、今回は見ないで書きます。

 なぜなら、当時「キネマ旬報」に載った映画評の末尾の一文に、深い感銘を受けたからです。

 なんと書かれていたか?

 すごいですよ~。

 こう書かれてました。

 「あと30分長かったら、こっちが発狂していた」

 ……。

 これを読んだ時は、本当に「そうだよなあ……」と深い感銘を受けました。

 ですから、今回は見ないで書きます。

 もう一度見直すと、また「発狂するかも……」という危機を感じてしまうからです。

 どんなストーリーかというと……、

 「精神病院が舞台で、患者はおろか、職員にもマトモな人物がいなくて、最後に全員発狂してしまう」

 という話です。

 これを見てると、つられて、こっちまで発狂しそうになります。

 ですから、今回はこれでおしまいです。

 具体的に、ここがどうおかしいとか、どこがこうおかしいとか、書けません。

 それを書くには、もう一度見直さなければならないので。

 ですから、本当に、今回はこれでおしまいです。

 これを読んで、「どんな映画なんだ? 見てー!!」なんて、思ってる人もいるかもしれませんが、

 見てはいけません。

 見ないように。

 発狂しても責任持てません。

 監督は橋本以蔵。テレビの「スケバン刑事」の脚本を書いてますね。
 
 そっちの方は、面白いと思うけど、これはもう……。

 でも、映画の「漂流教室」なんての書いてたなあ……。

 あれも凄い映画でした。あれなら、もう一度見直しても良いです。

 先のことになりますが。

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「ゴジラ×メガギラス」

 ほめる人が多い理由もわかるのですが、これもクソ映画です。

  

ゴジラ×メガギラス~G消滅作戦~〈通常版〉 DVD ゴジラ×メガギラス~G消滅作戦~〈通常版〉

販売元:東宝ビデオ
発売日:2002/11/21
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 ストーリーや人物の行動がデタラメです。
 それもこれも脚本を書いた柏原寛司がいい加減なシナリオを書いているからです。

 1、登場人物の心理を全く考えていない。
 2、登場人物がカッコ良いセリフを言えば、見ている人間は「カッコ良い!」と思うと思っている。
 3、30分の話が4つ並んでれば2時間の映画になると思っている。
   前後のつじつまが合ってなくても、全く気にしない。
 
 主に、この三つの理由で話がメチャメチャ、2~3分に一回のペースで突っ込めるクソ映画になってます。

 にもかかわらず、なぜほめる人が多いのか?
 それは後で説明します。今は、なぜ駄作かを説明しましょう。

 しかし、本当にもう突っ込みどころが多すぎて、どう突っ込んだもんだか、最初から突っ込んで行ったら、キリがなくて、本当に語りたいところまで辿り着かないので、適当に飛ばしていきます。

 それじゃ行きますよ~。

 まずディメンションタイドというブラックホールの実験をするんですよ。ブラックホールですよ? ブラックホール。これが何かわからない人はいないですよね? 当然、どこか無人島で実験すると思いますよね?
 人里離れてるとは言え、山の廃校を消すんですよ。ヘンでしょ? こんなのは、この後、少年、淳に実験を目撃されたいというご都合主義ですから、勘弁してやって、先に進みます。
 それでご都合主義ですから(……)、都合よく淳が実験を目撃するんですよ。

 淳は実験跡地に、時空の歪みが原因で現れた大きな卵を発見します。
 淳は発見した大きな卵を家に持ち帰ります。

 理由がさっぱりわかりません。

 「えっ? 理由が分からないなんて、そんな馬鹿なことあるわけないでしょ? 少年が大きな卵を見つけたんでしょ? 「わあ、大きな卵だなあ! 何が生まれるんだろう? みんなに見せよう」とか好奇心で持ち帰ったに決まってるでしょ?」と映画を見てない人は思うでしょ?

 違います。私も本などであらすじを読んだ時は、そう思ってたんです。しかし、映画を見たらわからなくなりました。
 淳が、にっこり笑って卵を持ち帰ったら、私も好奇心で持ち帰ったんだなあと思います。しかし、映画の中で淳は、そんな表情してないんですよ。

 何を考えてるかわかりますか? だから、私はわからないと書いたんです。
 いくら考えてもわかるはずはないんです。初めから、答えなんか用意されてないんですから。見てる人間が「何か深い理由があるんだろう」と勝手に考えるという手抜き仕事なんです。証拠もあります。後で説明します。

 さて、淳は持ち帰った卵を、さして理由もないまま、渋谷に捨てます。

 その卵から巨大ヤゴ、メガヌロンが孵化し、人を二人殺した後、脱皮して巨大トンボ、メガニューラとなって空へ飛び立ちます。つまり渋谷には人の変死体が二つと得体の知れない巨大ヤゴの抜け殻が一個あるわけです。
 翌朝、どちらかが、あるいは両方がニュースになりそうですが、なりません。不自然ですが、勘弁してやって先に進みます。
 巨大トンボ、メガニューラは淳の家めがけて飛んでいきます。
 偶然の一致もなくはないので勘弁してやって先に進みます。

 メガニューラを見た淳は、何か大変だと思ったらしく、ゴジラ攻撃隊「Gグラスパー」の女隊長、辻森を呼び出して、何かを伝えます。

 「何か伝えます」というのは、この部分、省略されてて具体的に何をしゃべったのかさっぱりわからないからなんです。当然ですが、メガヌロンが人を二人殺してるなんて、ニュースになってないのですから、淳が知ってるわけないので、「僕が持ち帰って捨てた卵から、巨大トンボ、メガニューラが生まれました」ということを伝えたんでしょう。この話の何が大変なのか、私にはわかりませんが、大変なんだと仮定しましょう。
 (2~3分に一回のペースで突っ込めるというのは本当でしょう?)

 当然、辻森は理由を聞きますよね?

 「なぜ、そんな事をしたの?」と。

 聞かないんですよ。

 理由を説明するのなんて、1分もかからないんですよ?
 「なぜ、そんな事をしたの?」
 「実は……」
 「そうだったの……」
 で、終わるじゃないですか? なぜ、そうなってないの?

 これが「答えなんか初めから用意されてない」という証拠です。

 柏原寛司は登場人物の心理なんか考えていません。今までの淳の行動は全て、ご都合主義で展開されてきたのです。「答えなんか初めから用意されてない」から、書きたくても書けないんです。 
 いや、柏原寛司は、登場人物の心理なんか初めから書く気なんかないんです。見てる人間が「何か深い理由があるんだろう」と勝手に考えると思ってるので。

 今まで、突っ込みどころ満載だったのは、ご都合主義で展開されてきて「登場人物の心理を全く考えてない」からなんです。

 さて、これで1の「登場人物の心理を全く考えてない」から「ストーリーや人物の行動がデタラメ」な理由は説明終わりました。これから2と3の説明を始めます。

 巨大トンボ、メガニューラの話の何が大変なのか? 私にはわかりませんが、大変なんだと仮定すれば、当然、辻森には報告の義務がありますよね? 報告しないと大変ですよね? 渋谷が水没したりするかもしれない……。

 報告しなかったので、渋谷が水没します。

 渋谷が水没したので、「ディメンションタイドを宇宙に打ち上げたので、協力してください」という会議をするんです。

 話のつながりがヘンですが、本当にこんな展開してます。

 「普通は、こういう会議をしてから打ち上げという段取りだろうが」と思ったかどうか知りませんが、政府の高官は、「そんなわけがわからんもの使って、逆に取り返しがつかぬようなことになったら?」と言います。

 すると、辻森はこうぬかします。

 「そんなことありえません!」

 渋谷が水没した理由を誰よりも一番よく知っているのは、この女です。

 この女はなぜ、こんなウソをついたんでしょうかね?

 「実際、何も起こらないんだから、良いじゃないか!!」なんてのは答えにならないですよ。私は「なんで何も起こらないんだ?」と聞き返しますから。質問を増やすような答えはしないように。それに、答えは「ご都合主義で起こらない」とわかってるので。私が聞いているのは、ウソをついた理由です。

 ……、ウソをついた理由はねえ、1、2、3、全部が理由なんです。
 まず1、「登場人物の心理を全く考えてない」ので、マトモな人間なら感じるはずの罪悪感なんて感じたりしないんです。「私の報告があれば、被害は少なく出来たかも……」なんて悪びれたりしないんです。
 次に2、柏原寛司は、「登場人物がカッコ良いセリフを言えば、見ている人間は「カッコ良い!」と思うと思っている」ので、「そんなことありえません!」と言わせただけです。「この場面で、そんなセリフを言わせたらウソになる」なんて考えてないのです。ただ単に、カッコ良いセリフを言わせたら、たまたまウソになっただけなんです。
 そして3、「30分の話が4つ並んでれば2時間の映画になると思っている」から、ウソをついてることになってしまったのです。
 これはちょっと難しいかもしれませんが、渋谷が水没するまでの話が約25分、ここで渋谷水没の話が終わってるんです。そして、また別にゴジラ対策の話が約25分新しく始まっているんです。話のつながりが変なのはそういう理由です。説明した意味わかります?
 最初の25分の展開が柏原寛司の頭の中から消え去っているんです。だから登場人物の行動に心理的なつながりがないんです。ウソになっているとは柏原寛司は思ってないんです。
 つまり最初の約25分の辻森と、次の約25分の辻森は別の人間と考えてください。心理的なつながりがなくて当然ですよね? 同じ人間と考えるから、話がややこしくなるんです。別の人間と考えれば心理的なつながりがなくて、当然です。どうしても、わからなければ、この本のP233の「団子の串刺し」という部分を読んでください。

 

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 まともな人間なら、話がつながってなければおかしいと考えるわけですが、柏原寛司は正常な人間ではありません。異常者でも、馬鹿でもアホでもなんでも良いから、とにかくマトモな人間と思わないでください。いい加減な手抜き仕事をして平然としていられるクソ野郎なんです。

 柏原寛司はマトモな人間ではないから、話がつながってなくても、おかしいなんて思わないんです。

 この説明でわからなければ、逆に私に説明してください。
 なぜ、渋谷が水没してるのに、「ディメンションタイドを宇宙に打ち上げたので、協力してください」という会議に、話が飛ぶのですか? 
 そもそも話につながりなんかなくて、起承転結の4つの話がぶつ切りに、ただ並んでいるからです。

 起、渋谷水没まで。承、ゴジラ対策。転、ゴジラ対メガギラス。結、ゴジラ退治。こんな風に並んでるんです。

 「渋谷水没」の話が終わった後、新しく「ゴジラ対策」の話が始まっているのです。その境目が、セリフと心理のつながりのなさから、わかるんです。

 さて、このペースで突っ込んで行ったら、キリがないので、話は最後まで飛びます。

 最後に、ゴジラが東京に現れた理由が伊武雅刀のせいだとわかって、辻森は「みんな……、みんな無駄死にじゃないですか!」と伊武雅刀を殴ります。

 この女にそんな資格があるんですか?

 ないでしょ? 渋谷を水没させた張本人みたいな、この女に。

 こいつの報告があれば、被害を確実に減らせたわけだったんですが?

 辻森が、伊武雅刀を殴った理由はわかりますね?

 1「登場人物の心理を全く考えていない」から、「渋谷水没は私の責任だ、だから、この人を殴れない」なんて、正常な人間と同じようには考えないんです。2「登場人物がカッコ良いセリフを言えば、見ている人間は「カッコ良い!」と思うと思っている」から、「みんな……、みんな無駄死にじゃないですか!」と言わせて殴らせれば、見てる人間は「カッコ良い!」と思うと思って、そうさせただけです。3「30分の話が4つ並んでれば2時間の映画になると思っている。前後のつじつまが合ってなくても、全く気にしない」。これは、もう説明不要ですね。

 というわけで、「ゴジラ×メガギラス」は、全編、この調子のクソ映画です。
 昭和ゴジラシリーズ中最低と言われる「ゴジラ対メガロ」でさえ、ここまで突っ込めたりはしません。
 柏原寛司が脚本を書いた時点で、「ゴジラ対メガロ」以下になると決まってたんです。
 残念ですが、突っ込みどころ満載で、突っ込みきれません。

 では、なぜ、ほめる人がいるのかというと、この映画はテンポが良いんです。ポカーンと、口開けて見てたら、これらの突っ込みどころに気がつかずに、ポンポン進んでいってしまうんです。

 つまり、手塚昌明監督の手腕が見事だった、というわけです。
 しかし、ここまで話がデタラメでは「ゴジラ対メガロ」以上になったりはしません。
 「ゴジラ対メガロ」以下のクソ映画です。

 私が以前、「ゴジラシリーズワースト5は、下から順に、「VSスペースゴジラ」「ゴジラ2000」「×メガギラス」「ゴジラ84」「対メガロ」です」と書いたのは、柏原寛司のクソ脚本を映像化した監督の手腕順というわけですね。

 「VSスペースゴジラ」 < 「ゴジラ2000」 < 「×メガギラス」

 というわけです。

 あと、大島ミチルの音楽も素晴らしいです。たとえ一部分でも、伊福部昭氏の音楽を使ってもらいたくなかったほど。

 

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 要するに、

 1、柏原寛司の脚本がダメなため、「ゴジラ対メガロ」以下のクソ映画。
 
 しかし、

 2、手塚昌明監督の手腕が見事。
 3、大島ミチルの音楽も素晴らしい。

 なので、ほめる人がいるのもわかる。ということです。
 

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「必殺! 主水死す」

 1996年に作られた、テレビで人気を博し、映画に進出した「必殺」シリーズの映画第6弾です。

 私は吉田剛という脚本家を「必殺をダメにした超A級戦犯」と呼んでいます。
 ある時、ヒマつぶしに検索してみたら、こんなことが書かれてました。

 http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%C8%C5%C4%B9%E4

 「遠山の金さん」は杉良太郎バージョンをよく見ていましたが、他は見ていないので、「遠山の金さん」までダメにしているとは知りませんでした。それにしても、「しかしながら~」以降の文章はなんなのでしょう?
 「しかしながら~」以降の文章が正しいのだとしたら、「必殺」と「遠山の金さん」はなぜダメになったのでしょう。

 それはさておき、「必殺! 主水死す」は、クソ映画です。
 脚本がダメです。
 出演した中条きよし氏も「時代劇マガジン」でのインタビューで、脚本がひどいので出たくなかった旨の発言をしています。

 私も予告編で吉田剛の名前を見た瞬間、「正気か!? 「必殺」をダメにした超A級戦犯だぞ!?」と思いました。しかし、「でも、最後ぐらい頑張るかな……」と思い直しました。

 実際見てみたらビックリ。最初の15分くらいで主水たちを「古い連中」とバカにする若い連中が出てきた途端、「こいつ、またこの話書いてやがる!!」とどんな話かわかりました。「この若い連中が殺されて、その仇を主水が取る、これだろ!!」と。その通りのワンパターンな話です。

 少しも頑張らないとは思いもよりませんでした。

 主水の昔の仲間との因縁が描かれるのですが、それがいつの仲間なんだか……。
 この映画の時点から20年前だとしたら、「新仕置人」と「商売人」の間になりそうなんですが、その間は仕事をしてないと、テレビで説明されてるのです。「新仕置人」の前だとしても「仕業人」と「新仕置人」の間は仕事をしてないと説明されています。

 つまり、この映画に出てくる「昔の仲間」は、映画のために突然作られた設定なんです。

 そんな突然現れた連中との因縁で長年親しんできた主水が死ぬなんて、テレビシリーズの「仕置人」以来から親しんできたファンへの裏切りと侮辱以外の何物でもありません。

 東ちずるが助かるシーンなんて、ご都合主義丸出しのデタラメも良いところ!!

 東ちずるが、「主水たちを「古い連中」とバカにする若い連中」とともに江戸城に潜入して殺しを遂行します。そして、ゴミ桶に隠れて脱出するという段取りなんですが、手引きした権の四郎に裏切られて蓋をされて日本刀で刺されて、江戸城のお堀に捨てられるんです。

 すると、江戸城のお堀端に三味線屋の勇次がパッと現れます。

 ……ここに勇次が現れるには二つ条件があります。

 1、勇次が、その日に東ちずるたちが仕事をすると知っていること。
 2、勇次が、裏切りを予想していること。

 そんなシーンはないんです。つまり、現れるわけがないんです。

 そして次の瞬間、勇次は東ちずるの入った桶に三味線の糸を投げ、水中から引っ張り上げます。

 人間にそんなことできるわけないだろ!!

 ……なんてね。な~んてね。オレは突っ込まないよ。オレは突っ込まないよ~。

 世界中の人間が、これを見たら突っ込むだろうが、

 30代白人男性「あんな細い糸で、人の入った桶が持ち上がるなんて信じられないなあ」
 20代白人女性「あんなの馬鹿げてるわ! ありえないわよ!」
 10代黒人少年「あれはきっとニンポーを使ってるのさ!」

 でも、オレは突っ込まないよ~、他に突っ込むところ山ほどあるから。

 1、東ちずる入りの桶がそれだと、なぜわかったんだ?

 2、なぜ東ちずるだけしか助けないんだ?
   (人の入った桶を三味線の糸で水中から引っ張り上げるなんて、人間にはできないけど、できるのなら、次々投げて全員助けてやれば良いんだ)

 3、捨ててる連中の目の前で、桶が吊り上って行くんですよ?
   捨ててる連中が追いかけてこない理由はなに?

 この場面、突っ込みどころがまだあるんですよ!!!!

 桶がストンと着地した次に東ちずるが現れたシーンで、東ちずるはたった一人で主水の家にいるんです。

 帰っちゃったのか、勇次は!?
 東ちずるが入ったままの桶を置いて家に!!!!

 東ちずるは蓋された状態から、どうやって出てきたんだ!?
 引田天功か、お前は!!!!(古ッ)

 それとも、勇次は蓋を開けて、東ちずるを引っ張り出してから、「それじゃっ!!」て帰ったのか!?

 不自然だろ? どう考えても! ここで「主水の家に勇次がいるとどうしてもマズい!!」という理由があれば、「ああ、ご都合主義なんだな」と勘弁してやる気になるんですが、マズい理由なんか何ひとつないんですよ? じゃ、黙って座ってろよ!!!! それだけで、オレは満足するんだから!!!!
 (そら中条きよしさん、こんな映画でたくないって思うわな)

 この場面、まだあるんです!!!!!!!!

 東ちずるは肩の辺りに軽~い傷を負ってるらしいんです。

 中の人間を殺すつもりで刺したんだよな?

 中の人間を、殺すつもりで、刺したんだよな?

 な ー か ー の ー に ー ん ー げ ー ん ー を ー こ ー ろ ー す ー つ ー も ー り ー で ー さ ー し ー た ー ん ー だ ー よ ー な ー あ ー ッ?

 誰がどう考えたって刺し直すだろう!? 手ごたえで、どの辺刺したかぐらいわかるんだから!!!!

 「必殺」シリーズの元ネタとなった「仕掛人 藤枝梅安」を書いた池波正太郎氏は「鬼平犯科帳」で人気キャラ伊三次を死なせたことについて、この本にこう書いてます。

 

Book 鬼平犯科帳の世界 (文春文庫)

販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ぼくだって死なせたくないんですよ。しかし、いま言ったように、彼が危急の状態に陥ったとき、ぼくは彼の逃げ道を用意しておかなかったんですね。だから、そんなところまで追いやっておいたのを悔みながら、もう助けようがないんだ。
 (中略)
 それでもね、助かるはずがないのに無理に助けようとすれば、その小説が嘘になってしまう。初めから作り話を書いてて、今さら嘘だもないようなもんだけれど、やはり不自然な話になっちまうんですよ。

 だから、作者が死なせたくないと思っても、死なせるしかなかったってことでしょう。
 吉田剛は池波正太郎氏の爪の垢を煎じて飲め、溺死しろと思います。

 良いんだよ!! 東ちずるなんか殺しちまっても!! (いや、本人ではなく、東ちずるが演じてる役、おけいね)それで、勇次か秀あたりに「主水、おけいが殺されたぜ!」「何!? 権の四郎の奴、裏切りやがったのか、許せねえ!」てなるんじゃないか。これで、マズい理由がなにかあるの?

 いや、馬鹿のすることなんか、よーくわかってるんですけどねえ。

 実は東ちずるは主水の子を孕んでいるらしいんですよ。
 つまり、バカイチ「男が死ぬ前にエッチした女は必ず孕んでいる」、これをやるためにご都合主義てんこもりで助けたんです。(バカイチ=馬鹿の一つ覚え、ワンパターンの最低表現)

 「主水の子で続編を作る……、これはわかる。スゲーよくわかる。子供がいねえと続編作れねえもんな……。だが、主水の子で続編を作るのかああ~~~っ!? 作んのかっつーのよーッ なめやがって、このバカイチ、超イラつくぜえ~~~!! チクショーッ どういう事だ! どういう事だよッ! クソッ!!」

 と思わずギアッチョしてしまいます。

 それで、名取裕子に刺されて主水は死ぬんですが、刺す理由が全然わかんねえ。
 「主水さん、昔は楽しかったねえ……」って、楽しいとなぜ刺すんだ?

 わかるわけないんです。
 「なんか思わせぶりなこと言わせておけば、見てる人間が勝手に「なんか理由があるんだろう」と考えるだろ」という手抜き仕事なんだから。

 全く……。散々ボロクソに書いてきましたが、実はこれ以下の映画があります。
 「必殺! ブラウン館の怪物たち」。脚本はやっぱり吉田剛。これの監督した広瀬襄氏が、なぜこれを監督したのかわからない。だって、広瀬襄氏はそれまでテレビシリーズで「必殺」を監督したことないんですよ? 多分、他の人、断ったんだと思うんです。「こんな脚本じゃ、ろくな映画にならないからイヤだ」って。そのため、あちこちで断られ 断られ、広瀬襄氏に回ってきて、広瀬襄氏も仕方なく引き受けたんじゃないかと思うんです。
 それで、広瀬襄氏はコメディ映画として撮ろうとして現場の反発を受けたそうです。現場の人間の気持ちもわかります。「必殺」を全く監督したことない人が現れて、「コメディ映画として撮る」と言い出したら、怒るのが当然です。しかし、こればかりは広瀬襄氏の判断が正しかったと思います! 物理法則と一般常識と人間心理を完全に無視したご都合主義まみれのクソ脚本、コメディとして撮るのは大正解ではないですか。吉田剛の脚本で、まともな映画が撮れるわけがないんです!
 だから、「必殺2 ブラウン館の怪物たち」がクソ映画になった理由は、全て吉田剛が原因です。広瀬襄氏になんの恨みも怒りもありません。むしろ「吉田のクソ脚本をご苦労様でした」とねぎらいたい気持ちです。

 「必殺! 主水死す」がクソ映画になった原因も、吉田剛の脚本が原因です。
 悪役、権の四郎を演じた津川雅彦氏が好演してるので、それなり見ごたえはありますが、誰が撮っても駄作にしかならないクソ脚本だったんです。
 監督の貞永方久氏も「死に水を取る」つもりだったんじゃないでしょうか?
 「俺が断っても、誰かがこれを撮るだろう。……それなら、俺が引導渡してやろう……」って。

 「必殺2」のあまりの酷さにあきれたか、今度はちゃんとした人間にたのんで作られた「必殺3」「必殺4」は傑作です。おススメできます。(テレビシリーズ未見の人には人間関係わかりづらいでしょうが)それなら、なんで「5」「6」は、吉田剛に頼むんだよ!と怒りがぶり返します。

 テレビで新作「必殺仕事人2007」なんてのが作られ、この映画の立場は訳がわからなくなりました。
 主水は映画の最後で死ななかったのでしょうか? 
 映画自体なかったことになったのでしょうか?
 それとも、作ったこと忘れちゃったのかな?
 

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「沈黙のテロリスト」/(原題)「TICKER」

 2001年の映画です。
 これほどのクソ映画はおよそ存在しないといってよいくらいクソ映画です。
 (ないこともないのですが……)

 私が「沈黙のテロリスト」を見たのは、「スティーブン・セガールのアクションが見れれば良いか」くらいの軽ーい気持でした。しかし、映画はそんな私の低く設定したハードルを越えることなく低空飛行をしてくれました。ホント、地面えぐって突き進んでんじゃないかと思うくらいの超低空飛行です。

 まず主演がスティーブン・セガールてのが大間違い。この映画の主演はトム・サイズモアなのですよ。
 映画の一番最初に名前が出るのだから、間違いありません。
 「トム・サイズモアって誰やねん?」と思ったあなた。あなたは正しい。私だって、この映画見て、名前覚えようと思ったくらいです。「アルマゲドン」や「パール・ハーバー」にも出演したらしいけど、脇役専門でどうにも華のない、このおっちゃんがなぜ俳優ランクでは上のはずのスティーブン・セガールやデニス・ホッパーを差し置いて主役を演じてしまったのか? ハリウッド有数の謎であります(ウソ)。

 物語は、上院議員を人質に取ったテロリストの立てこもり事件から始まります。ここで銃撃戦が起こるのですが、これが変なのですよ。なんか場面の編集がおかしくて人物の位置関係が全然理解できない。
 やがてスティーブン・セガール演じる爆弾処理班グラスが駆けつけて、爆弾を解除します。
 爆弾を仕掛けたらしい男、デニス・ホッパーは逃走します。

 一年後、トム・サイズモア演ずるネトルズは相棒と捜査の最中、怪しい男女を発見して追跡。
 相棒を殺されますが、女を捕まえます。

 するとデニス・ホッパーは女を釈放しろと爆破事件を起こします。
 トムは女を尋問します。「君の価値は?」と。

 そんなもん推理しろよ。三択だろ?

 1、愛人
 2、娘
 3、実は黒幕
 
 ほとんど二拓と言っても良い。

 この文章は、こんな映画見てはいけないという主旨で書いてますので、思い切りネタバレします。

 3、実は黒幕 が正解。

 まあ、いろいろあって、爆弾犯人は伝説の爆弾魔と言われるアレックス・スワン(デニス)とわかるのです。

 爆弾仕掛けても女は釈放されないので、デニスは弁護士と偽って、女に会いに行きます。

 髭に黒いコートのデニスは少しも弁護士に見えません。相棒もその辺を気にしますが、デニスは堂々としてます。
 ……そして実際、バレませんでした。

 デニスは逃げましたが、相棒は見つかり駐車場で警察に取り囲まれます。
 デニスの相棒は、トムのいじめ同僚を人質にとりますが、トムに射殺されます。
 いじめ同僚はトムに感謝します。よかったね、トム。

 トムの提案で、女はおとりとして釈放されます。
 
 釈放された女は追跡をまいて逃げてしまいます。
 
 ヤブヘビ。

 まあ、いいや。

 そして、実は黒幕だった女にデニスは爆殺されます。

 デニス退場。

 デニス~、デニスよ~…….
 「スピード」で、あんなにキアヌを苦しめてたオメーはどこ行っちまったんだい……?

 それで、女と仲間達は市庁舎を爆破しようとします。

 もちろん、トムとセガールは阻止に動きます。
 (爆殺シーンは昼、市庁舎に急行するシーンは夜。どんだけ時間がかかってるんだ?)

 まあ、いいや。

 ついに待望のセガールのアクションシーンです。

 ですが、忘れてました。冒頭の変なアクションシーンを……。

 聞いたことありませんか? 「アクション映画の敵は、わざわざ武器を捨てて、主役に殴られに来る」って話を……。私は、これを都市伝説だと思ってました。「じゃあ、どの映画でそんなことやってるの?」と聞いたら口ごもってしまう都市伝説だと思ってました……。

 「沈黙のテロリスト」で見られます。

 ……。

 それにねえ……、ハリウッド映画の主役に弾が当たらないなんて、今更、文句をつける気にもならないんですが……、「あの角度で撃って、なんで当たらねーんだ!」という角度で売ってるのに当たらないんですよ!! 空砲撃ってんのか? そら撮影上は空砲使ってるだろうけど。

 しかし、待望のセガールのアクションシーンがあるんだから、まあ、良いじゃないかと思うことにしたんです。

 ところが、セガールのアクションは最小の動きで最大の効果を発揮する合気道を基本としているので、ちょっと見では何をしているかわからないんですよ。それが、もうヘタクソな編集でさらにわからなくなってるんです。普通に見せろよ……。
 
 ここまで来ると私はもう変な気分になっていました。
 トムは女が地下に仕掛けた爆弾を。セガールは屋上の爆弾を解除しようとします。
 爆弾解除シーン、ここさえよければ許す。「ここさえよければ許す……。ここさえよければ許す……」と心の中で念仏のように唱えていました。

 さあ!! 伝説のテロリストの仕掛けた爆弾をトムは、いかにして解除するのでしょうか!?

 指で探って引っ張り出したコードを切っておしまいです。

 ……。

 もう一度書きますね。

 指で探って引っ張り出したコードを切っておしまいです。

  
 もう一度書きますね。

 指で探って引っ張り出したコードを切っておしまいです。

 もう一度書きますね。

 

 指で探って引っ張り出したコードを……、バカヤロー!!!!!!

 え~……? セガールの方の爆弾、どうなった~?

 なんか解除しちゃったみたいですよ~……?

 オレの頭が真っ白になってる間に……。

 あとは、「太陽にほえろ」のボスと山さんみたく、屋上にトムとセガールのいるシーンで終わりです。

 私は客席を出るなり、トイレに入り、パンフを開き(買っちゃったんだよ!)、この映画を撮ったアルバート・ピュンとは何者かを調べました。(映画館を出て、落ち着いた場所に移動する時間も惜しかった)私はド新人が何かの間違いでデビューしてしまったと予想していたのですが、こいつ40本も50本も撮ってやがる!!
 40本も50本も撮ってて、これかい!! 代表作が「ネメシス」? 「サイボーグ」? 聞いたこともねえ!! いや、見たことあるぞ!! レンタルビデオ店の新着コーナーに並んでいるのを、「こんなもん、誰が借りるのかねえ?」と横目でチラッと。……ビデオをレンタルするどころか、映画館で座って見ちゃったよ。もう、レンタルする人、馬鹿にすることできねえなあ。

 しかも、ダメージはこれだけに終わらない。
 後で洋泉社ムック「ベストテンなんかぶっとばせ!!」という本を読んだら、雷電杉山という人が、アルバート・ピュンベストテンなんて選んだ上で、こう書いてました。「よく考えたらピュンにベストなんかない」。
 この本、1998年に発売してるんですよ!! それならオレ、知ってるはずじゃん!! アルバート・ピュンの名前を!!!!

 ……しかし、この一本でアルバート・ピュンの名前を一発で覚えました。

 皆さん、こんな映画をみてはいけません。

 ちなみに雷電杉山氏は、こんなHPを作っておられました。

 http://www.geocities.co.jp/Hollywood/7544/

 ついでに、まだ公式残ってるみたいね。

 http://www.gaga.ne.jp/chinmoku/

 (さすがに、もうなくなったようです)

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